『貴婦人ノ会』の失墜
「何の真似ですかな!?」
開口一番そう叫んだフォン男爵の口元が、わなわなと怒りに震えている。
私は大仰に両腕を広げて言った。
「何の、と言われましても、それこそなんのことか…」
「と、惚けないで頂きたい!『趣味の会』などと銘打って、その実ご婦人方とべたべたと…」
「だったらなんです?男爵に何の関係が?男爵の奥様はいらっしゃいませんが」
「ぬっうっ…不埒で淫らだと申し上げて…」
言い終わるにつれ、語尾がしどろもどろとしている。
金でも勝てぬ、爵位でも勝てぬ相手に虚勢は張れないと見た。
私はわざとフォン男爵の肩を掴んだ。
想像の二倍はびっくりして肩が跳ね上がる。
(本当に何をしにきたんだこいつは)
と思う。勢い任せに怒鳴り込みにきただけなのだろう。
後ろ暗いことで金儲けをしようとするやつは大概こんな感じだと思う。
知略を巡らせて資金繰りができないから、犯罪めいたことで賃金を得るしかない。低脳なのだ。
「心外だなあ、フォン男爵。私が淫らになるのは妻の前でだけだというのに」
「な、何を言って…」
「私も妻も絵が好きでな。これは結婚してから知ったんだが。せっかくお互い同じ趣味なんだから、共有した方がいいと思ってな。なにか間違ったことを?」
この男は、私に対して何も突いてこれない。それもそうである。無会費のただの趣味の集まりに、どう文句を垂れようというのか。
それがよりによって"ご婦人方とベタベタ"とは笑わせてくれる。
ポンポンと男爵の肩を叩いた。
「そうそう、『貴婦人ノ会』は盛況ですかな?世間を賑わすような…それこそ、その内その名が国中に知れ渡るかもしれませんな」
「何をした…何を」
と言い置いて慌てて逃げ帰っていった。
私はそれをにこにこしながら見送った。
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「まあ!見て旦那様!新聞の一面トップ記事ですわよ!」
ケイとガイをベビーベッドにそっと置いて「見せてごらんなさい」と骨っぽい手が差し出される。
旦那様の、眼鏡をかける仕草は相変わらず色っぽい。
「どれどれ…『貴婦人ノ会』は社交界に巣食う物の怪の怪…ふふん、なかなかいい見出しじゃないか」
わざと掲げる様に持って、繁々と新聞を見ている。
「国の内外を問わず、また身分に関わらず連れ去っては、性のはけ口として主に貴婦人に売り捌かれ云々。フォン男爵と男爵夫人は違法な手段で奴隷売買をしていたとみられ云々。だ、そうだ」
ケイが私に腕を伸ばしたので抱き上げると、すぐにガイが泣いた。この兄弟は競って私か旦那様の抱っこを求める。
「二人ともお母さんのところへおいで」
双子の抱っこにも慣れたもので、ゆらゆら揺れると、二人ともうっとりとした表情を見せてくれる。
「…あのう、まさか旦那様が新聞社にリークを?」
「ああ、知り合いに記者がいてね。でも私の見聞きしたことだけを伝えたって、証拠がないだろう?だから"わざと"フォン男爵をイライラさせて焦らせてやったんだ。面白かったなあ」
クックックと笑う顔の、悪そうな表情と言ったらない。悪そうな口元は楽しそうに語る。
「記者には、奴隷取引のあったご夫人やご令嬢の名前を伝えたんだ。それで屋敷の前で張り込んだらしい。フォン男爵も男爵夫人も一生懸命奴隷の売り込みに来ていたらしいぞ。それで裏が取れた、というわけだ」
「…私ももっとお役に立てれば良かったのですが…」
乳母が、そろそろ授乳の時間だと言って双子を連れて下がった。
旦那様は二人を撫でて、手を振った。
「何を言う、リリアは十分役に立ったさ。何しろ一番肝心なのは『貴婦人ノ会』から会員を総離脱させること、『趣味の会』が盛り上がることなのだから。次にご令嬢達に会った時、密かに感謝されるかもな。新聞記事に載る前に脱会できて良かったと」
「そう、ですか?」
「そうだとも」と言って旦那様は掛けていた眼鏡を置いて、眉間に手を当てると、細く長いため息をついた。
「目が痛みますか?」
「ああ、いや、ここのところ書類書きが多かったのでな、気にするな」
「そうだ、肩でも揉みましょう」
ジャケットを脱いで貰い、厚みのある肩を揉んだ。
「私、旦那様がジャケットを脱いだベスト姿、とっても好きです」
「なら普段からこれで過ごそうかな」
「そんな、困ります!」
パッと両手を離して、ぶんぶんと首を振った。
「困る…?何が困るんだ」
「いえ、あの、毎日ドキドキしてしまって…心臓に良くないですわ」
「ほほう?良いことを聞いた」
「良いこと、ですか?」
「妻にはいつまでもドキドキしてもらいたいじゃないか」
「もう!良いですから前を向いてください!肩揉みますよ!」
「ハッハッハ!」
「全く、いつまでも揶揄って遊ぶのはよしてくださいませ」
肩をほぐしてジャケットを着せようとしたら
「今日一日くらいはこれでいく」
と言われてしまった。
胸の高鳴りを誤魔化そうと、侍女に紅茶を頼もうとした時だった。
「奥様!!旦那様!!!大変でございます!!」
慌てて走ってきたマイロが、転倒して肩で息をしながら大声で叫んだ。
「ケイ様とガイ様が、いなくなられました!!!」




