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フォン男爵家の傾き(前半、フォン男爵夫人視点、後半、フォン男爵視点)

夫・フォン男爵がカールライヒ邸へ赴いた。

見送りはしたが、一言も会話を交わしていない。


鼻息荒く、自室の部屋の扉を乱暴に閉めた。


(リリア・カールライヒ!!!)


姉妹揃って面倒なことをしてくれる。

私が金持ち男爵を籠絡するのに、どれほど手間取ったと思っているのだ。

夫・フォン男爵と、いや大金と結婚するために何年も時間を費やした。世の中金が全てなのだ。人間の価値は、どれだけ金を掴んで、どれだけ思い悩まず金を使えるかが全てだ。

短い人生の中で、ちまちまと小銭を気にして生きるなど、人間に生まれた事が仇となっているだけだ。

それならば、獣にでも生まれた方がましとすら思える。

それだけ人間と金の関係というのは切っても切れないものだ。水がないところで魚が生きられないのと同じである。


フォンと言えば、この国ではカールライヒと並んで1、2の金持ち。

まだ丸々と太っていた頃のカールライヒに言い寄ったこともあったけれど、まるでその気がないと見た。それを考えれば、まだその気がありそうなフォン男爵を誘惑する方が容易かったのだ。


けれど、フォン男爵を知れば知るほど、金持ちの後ろ暗い商売が透けて見えるようになる。


(なるほど、富豪は、みんなそうやって金儲けしているのね…)

と思い至り、いつしかご令嬢を誘い込むなど、私も奴隷売買を手伝うようになり、それでフォン男爵も私は必要な人材と思ったらしく結婚できたのだ。


なのに、今まで順調だった奴隷売買に急に影がさした。

強気な態度のご令嬢から足が遠のいていき、脅せば仕方なく奴隷を買っていたようなご夫人に至っては「離縁覚悟で夫に白状した。もう今までのように取引できないだろう」

などと言い出し始めたのである。


思い出すだけで血管が切れそうだ。

違法な奴隷契約の取引書類を破いて、破いて、破いた。

机の上のインクや燭台や、ペン立てやお気に入りの置き物を腕で払う。

漆黒のインクが宙に待って落下するまでに、刹那的な行動を後悔したけれどもう遅い。

奴隷二十人分はするだろう絨毯にまだらな染みが描かれる。


(旦那様に叱られる!!)

と思い、次の瞬間には言い訳の絵図は出来上がった。

私はこの口先だけで社交界を渡り歩いてきたのだ。

(大丈夫)

と自分を落ち着かせた。

ふぅ、とため息をついて動悸を治める。


カールライヒ伯爵だって、黒い商売で財を築いているに決まっているのに。叩けばいくらでも埃が出るはずなのに。


「なんで私だけ…っっ!」


このままでは非常にまずい。

このままでは…





✳︎ ✳︎ ✳︎





カールライヒ邸を訪れると、なにやらサロンがわいわいと賑わっている。

数はそれぞれだが、女性が数人ずつかたまって、談笑しながら何かしているのは、どこのグループも同じらしい。


今まさにカールライヒ邸に入ってきた数人の中に、見知った人物を見た。

(あれは…ベンジャミン・スフィア男爵夫人!!)


今までの太い顧客を見つけて、すかさず声をかけた。

「スフィア男爵夫人!!奇遇ですな、こんなところで!」

夫人は、かなりバツの悪そうな顔でこちらを見た。

「ごきげんよう」形式だけの挨拶の後、立ち去ろうとしたので、すぐ引き留める。

こそりと耳打ちした。

「スフィア男爵夫人。夫人が好みの、色白で黒髪の奴隷が入りましたよ。どうですか」

ニタニタして返答を待っていると

「無礼ね」

と言って扇子で自身の耳を払った。


「何?」「どうかされたのかしら」などと、一緒に来ていたご令嬢達が訝しげにこちらを見ている。


スフィア男爵夫人は言った。

「私、今絵画を嗜んでいますの。なんとね、リリア様が手一杯の時は、カールライヒ伯爵が教えてくださるのですよ。これ以上のこと、おありになって?ねえ、皆さん」

「本当にそうだわ」「ねぇ」「私も楽しみで」「リリア様が羨ましいわ」

などと口々に言い合っている。

扇子で隠している口元に、私への侮蔑が混ざっている気がして気に食わない。

ギリっと奥歯を噛んだ。


「ああ、ほら見て、今日もリリア様とカールライヒ伯爵がお揃いで」「まあ!すごくお似合いよねぇ」「うふふ、早く行きましょうよ」

足早に去っていく彼女達の向こうに、ベスト姿で腕まくりをし、油絵を描きながら夫人達と談笑しているカールライヒが見える。


奥歯を更に強く噛む。

「おいそこの!そこの執事!」

まだ若い執事は、途端にピッと背が伸びて「何でしょうか」と問うた。

「カールライヒ伯爵に用があると言ったはずだぞ。なぜ、まだあんなところで談笑しているのだ?私が来たことが伝わっていないのじゃないのか?すぐ呼んでこい。それから私を応接間に通せ」

執事の胸を小突いた。

「あ、いえ、旦那様はすぐにいらっしゃるはず…しばしお待ちを…」


この時、カールライヒが悪い笑みで私を見ていたなど知る由もない。

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