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蔓延る、落とし穴

「リリア・カールライヒ伯爵夫人」

呼び止められて振り向くとそれは

「カストローザ・ウエストバーデン公爵令嬢様…この度は大きな騒動となってしまい、なんと言っていいか……」


ふるふると首を振ったご令嬢はどこか清々しい顔をしていた。

「私、知ってましたの。王太子殿下がリリア様をお慕いしていること」


まさかそんな、と思って血が逆流するみたいな気持ちがした。

上品な笑みを湛えたカストローザ様は目を伏せた。

「まだ私たちが幼き頃、カールライヒ夫人が私の誕生日にお花をくださったでしょう?あの方ったら皆が帰った後、その花を寄越せと言って花瓶から取り上げたんですよ。ふふふ、今思えば可愛いものですけれど」

「ええ…!?」

私は堪らず口元を抑えた。


「その頃には、私は既に将来王太子殿下に嫁ぐ妃候補でありましたから、なんとも複雑な気持ちでいたのですけれど…。でも、今はあんな人に嫁がなくて本当に良かったってそう思っていますの。私、今やっと心の中のモヤモヤから解放された気分ですわ」

「カストローザ様…」

「だから、ね、気に病まれないで。むしろ感謝申し上げたいわ。ずっと複雑な気持ちを抱いていたんですもの」


とはいえ、王太子殿下の元婚約者となれば今後の嫁ぎ先選びは大変なのだろう。

けれど、カストローザ様の表情は変わらず、微笑みを湛えている。

少しだけ口角を上げるのが、この人にとっては真顔なのだ。骨身に染みついた教育に切なくなる。


その上品な笑顔からは、似つかわしくない言葉が出て驚く。

「リリア様は『貴婦人ノ会』をご存知?」

「えっ?」

「以前からご婦人方がフォン男爵邸で集う会があるとは聞き及んでいましたの。やはり、私のサロンにお呼びするものが多いでしょう?男爵夫人とはいえ、なかなか影響力のある方だから、気になって。なんでも最近一名枠が空いたのでと、フォン男爵夫人からお誘いを受けたのです。これからはもっと視野を広げて色んなことを楽しんでみようかなと思っています。では、失礼」


私は息を呑んだ。

『貴婦人ノ会』それだけはダメだ。

カストローザ様にまで汚れた手が伸びている。

お伝えしなくては。私は思わず駆け出した。

「カストローザ様!!」


振り向いたその美しい人と私の間に、エイミー・フォン男爵夫人が割って入った。

私に向ける影のある笑みに、それ以上近づけなくなる。


フォン男爵夫人はカーテシーをして、カストローザ様に近づくと、そのまま二人で歩いて行ってしまった。


向こうで男性陣と話していた旦那様が、彼らに別れの挨拶をしている。

にこやかに近づいてきた旦那様は私の微妙な表情に気づいたらしい。眉根を寄せて私を覗き込んだ。

「どうした?」

「旦那様…」


カストローザ様とフォン男爵夫人が去って行く背を見て、旦那様も訝しげな顔をする。

社交界の不穏な影をいつまでも放置してはいられないだろう。

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