息が乱れることなく
衛兵から剣を受け取り、そのうちの一本を旦那様の前に放り出した。
「これはこれは…」
どこか嬉しそうな様子の旦那様は、剣を取って構えた。
対する王太子も、顔の前で柄を持ち、剣先を旦那様の方に向けている。
なんとも余裕そうな表情だ。
「負けを認めろ。僕が相手じゃあ怪我をする」
「その時は妻に手当してもらいます」
「なんだとッ!?」
見れば国王陛下は暗い表情のまま、黙って行く末を見つめている。
会場の誰もが固唾を飲んで見守った。
「カールライヒッッ!!その慢心をへし折ってやる!」
駆け出し、剣先を突き出した。
紙一重でかわす旦那様の髪の毛が数本切れて宙を舞う。
続く二、三撃ともすれすれでかわしている。
「どうした!避けるのに必死か!?」
振り上げ、袈裟懸けに振り落とされたが、剣で巻き取るようにしながら近づき長い鍔迫り合いが始まる。
「王太子殿下、リリアは私の妻です。決闘など何の意味がありましょう」
明らかに頭に血が上った様子の王太子は歯を食いしばって言った。
「…十五年も前だろうか。貴様に言ったよな。リリアに惚れていると…よもや忘れたとは言わさぬぞ。貴様、僕の恋心を知りながら……」
「十五年前、ですか。申し訳ありませんが覚えておりません」
ガチガチという金属音が不安を掻き立てる。
「僕の方がどんなに長く純愛を貫いているか…!僕は今、王太子の肩書を捨て、一人の男としてリリアが欲しいんだ!」
「王太子殿下、時間などさほど重要ではありません。決闘をすれば愛の重さが詳らかになりますか?」
「うるさい!」
ガン!と鍔を押して、後ろに跳んで体勢を立て直している。
旦那様は息一つ乱さずに、たださっきと同じように構えた。
王太子はなぜかもう肩で息をしている。
「愛妾にと思ったが、訂正しよう。僕の妻になれ!リリア!」
これにはかなりショックを受ける。
一国の王太子ともあろう人がその立場を忘れて、ただ欲しいおもちゃが貰えなくて駄々を捏ねている、そんな風にしか見えないからだ。
旦那様はチラッと国王を見た。
国王が頷いたので、旦那様は剣を下ろした。
「アヴァーレン王太子殿下、それは脅迫ですかな?」
「なんだと!?」
「リリアに対するプレゼントも、妻になれと言う言葉もみな、王太子という立場を利用してはおりませんか?一人の男として?ならば堂々と立ち向かわれよ!リリア!正直に言いなさい!私と離縁して王太子と結婚するつもりは?」
旦那様の瞳は揺らぎなく私をしっかり見つめた。
だから、私は胸を張って答えることができた。
「いいえありません!私、リリア・カールライヒは、夫、カイザル・カールライヒを世界で一番愛しているからでございます!」
会場に私の言葉がこだまして、思いの外大きな声に恥ずかしさはあれど、恐れはなかった。
国王陛下はほっと胸を撫で下ろしている。
王太子はぶるぶると震えて
「カイザル!!!!」
叫びながら、剣を振り回した。
旦那様はたった一振り振り下ろしたかと思うと、王太子の剣を弾いた。
宙を舞った剣は勢いよく床に刺さって、会場のご令嬢達から悲鳴が湧き起こった。
王太子は剣を弾かれて呆然としている。
「なん…で…僕の剣技は…」
「この国一の誉れ、ですか?皆が気を遣っていることにも気付かなかったようで」
「くっそお!!!」
掴み掛かろうとした王太子を国王が制した。
「もうやめないか!!アヴァーレン!!」
「父上…」
「貴様はただの一人の男なのだな?王太子ではない、ただの…っ」
言葉に詰まって、はーっと息を漏らす。
「もうよい。…アヴァーレン、貴様は王族の恥じゃ!」
「えっ…父上、何を…」
「甘やかしすぎたのかのぉ。情けない。カールライヒ、夫人も、愚息が迷惑をかけた。国王として、いや、親として然るべき処分を下す」
私も旦那様も同じように頭を下げた。
「一から勉強しなおせ、アヴァーレンよ。お前は北国のベスバリー寄宿学校に入学させるとしよう。卒業した後も、今までのようにのうのうと暮らせると思うなよ」
まるで目の前で雷が落ちたかのような表情となり愕然としている王太子にとどめの一撃が刺さった。
「それからカストローザ・ウエストバーデン公爵令嬢との婚約は白紙にしよう。カストローザよ、愚息が申し訳なかった」
これには、カストローザ様も頭を下げるよりなかった。彼女の血の滲むような妃教育が、王太子の愚行でおじゃんになってしまった訳である。それを思うと、その場の誰もが同情を隠せなかった。
けれど王太子だけはまだ喚いている。
「父上!!それでは僕は…僕はどうやって……」
「お前はまだ自分の身が心配か!!お前がカールライヒ夫人を妻にするなどと言って蒔いた種だぞ!今更ウエストバーデン家に縋り生きるつもりでいたのか!!これだけの人に迷惑をかけて…もう顔も見たくない」
事実上の勘当を言い渡された王太子は、よろめき、辺りを見回している。
けれど、その場にいた誰もが彼を白けて見ていたので、堪らず駆け出し去って行った。
その背をまだ愛情の籠った瞳で見送っていた国王は唇を噛んだ。




