突然の来訪
「やあ!」
突然王太子殿下がいらっしゃった。
使用人達は大慌て。私もびっくりしてすぐに着替えた。
何しろ、もうすぐ予定日で簡単な服を着ていたのだ。
それで結局少し待たせてしまうことになった。
大きなお腹を抱えて、お辞儀する。
「お待たせしてしまい、大変申し訳ございません」
「本当に随分待った。ははは」
と言って朗らかに笑っている。
「何しろ、このお腹で…なるべく楽な服を着て過ごしているものですから、そのままお迎えしては失礼になってしまいますので」
「それで着替えを?」
「はい、申し訳ないことでございます」
「ふぅん?なら、次からそのまま出迎えたまえ」
「いえ、そういう訳には…」
(っていうか次もあるの?)
ふふ、と微笑みかけられる。
真意が分からない。
「あのう、夫は今おりませんが…」
「知っているよ。だから来た。なにしろ用があるのは君になのだから」
「私に、ですか?」と言って、ああ、と閃いた。
「もしかして、サインのことですか?今ペンとインクを用意しましょう」
「…必要ない」
しばらく、見つめ合うだけの時間が流れた。
(本当に何をしに来たの?)
やがて、形の整った眉毛の片方が吊り上がる。
「そのうちお披露目のパーティがあるだろうが…僕はもうすぐ婚約するんだ。覚えているだろう?いつか君が花を渡した公爵令嬢だ」
「まあ!カストローザ様と!?それはおめでとう御座います」
「…めでたいものか」
「え?」
碧眼は下を向き、金色の前髪が垂れて憂鬱さを演出している。
王太子もそんな表情をするのだな、などと思う。
「なにしろ僕は、以前からリリア・レントバーグに想いを寄せていたんだからな」
「リリア・レントバーグ…って…ええ!?」
「そんなに驚かないでくれるかい、僕はこれでも一生懸命アプローチしたんだぞ。悲しくなるじゃないか」
「アプローチ、ですか?」
と聞き返すと、盛大にため息をつかれた。
「君はそういうのに慣れているから、分からないんだろう?いつだって本気だと取らないんだ」
「慣れてなど…それに、王太子殿下とはお話ししたこと自体、先日が初めてでしたのに?」
「緊張して話せなかったんだよ!ああ!もう!」
と言うと両手で顔を覆って伏した。
「王太子殿下?」
「アヴァーレンと呼んでくれって」
「いえ、そう言う訳には…」
「そうか、気づいていなかったのだな…」などと言いながら、のろりと顔を上げた。
「も、申し訳ありません…でもこれと言ってお申し出はありませんでしたわ」
「求婚しなかっただろうって?そりゃあ、いきなり求婚という訳にもいかないから、何度もキッカケを作ろうとしたさ!でも全然うまくいかない。突然求婚してフラれたら!?傷つくだろう…?母上や父上に打診したこともあった…どうか王太子妃に迎えるよう根回しをして欲しいと。けれど王太子妃の教育すら受けていない、それも子爵令嬢だろうと一蹴されてしまったよ」
「えっと……」
「側室に迎えることも考えたけれど、君はヴァンルードの妻となり、離縁したかと思ったら今度はカールライヒの妻になってしまった。…そこで、ある結論に至ったんだ」
「それはどのような…?」
するり、と私の手を取って、それから王太子は跪いた。
「僕の愛妾になっていただけないか?」
「えっと…?」
「もう、僕にはそれしか選択肢は残っていないのだよ」
「そう仰られましても…」
手の甲にくちづけが落ちる。
背筋が寒くなった。
整った顔がじっと見つめてくる。
「まあ、そう焦らないで決めてくれて良い。まずはお産が先だからな。元気な子を産みなさい。不安な時はいつでも駆けつけよう。今日はこの辺で失礼する」
立ち上がり、去っていくその背が振り返る。
「カールライヒには内緒だぞ。あいつを怒らせると面倒だからな」




