隣に座られても…
それから、私は時折ソファに腰をかけたり、旦那様のお知り合いにご挨拶したりしながら、一日を過ごした。
そろそろお開きかという頃合いになって
「カールライヒ伯爵、王太子殿下がお呼びです」
と声をかけられて、私も付いて行こうとすると
「リリア様は身重でいらっしゃる故、こちらでお待ち頂くよう仰せつかっております」
そう言われてしまったら、それでもと付いていくのは無粋であろう。
浮かした腰を再び下ろした。
旦那様は「すぐに戻るよ」と言っていたし、手持ち無沙汰ではあるけれど戻ってくるのを待つことにした。
見渡せば、あれほど騒いでいたご令嬢は殆どサロンに移動している。
今頃噂話に花を咲かせているのだろう。まあ、それは良いとして。
旦那様はあんなにも羨望の眼差しで見られてしまうのか。とっても不安になる。
妊娠してからというものの、子どものことが気がかりで、旦那様にはつい心無いことを言ってしまったりもした。言い寄るご令嬢に気持ちが行ってしまわないだろうか。旦那様に限ってそんな事はないだろうけれど、だからと言って人の気持ちに胡座をかいてはいけないだろう。
というより、気が立っているのかもしれない。「大嫌い」なんて言ってしまった。
まだ謝ってもいない。
(旦那様が戻られたら、謝ろう)
「リリア殿」
声をかけて見上げると、それは王太子殿下だった。
私は立ち上がり、今一度カーテシーをした。
「主人が王太子殿下に呼ばれたので、そちらに向かいましたが…」
「おや?行き違いになってしまったかな」
ならそちらに行けばいいものを、「また行き違いになってしまったら困るから、ここで待たせてくれるかな」と言う。
断ることなどできるだろうか、あちらへ行けと言っているようなものだ。私は致し方なく了承した。
「リリア殿、覚えているかな。僕達がまだ幼い頃、公爵令嬢の誕生日に君は花をプレゼントしていただろう?」
「そうでしたね。今ではなぜ子爵令嬢の私が呼ばれたのか判りかねますが」
「みんな君に特別な気持ちを抱いていたからね、身分がどうあれ誰よりも高潔な雰囲気があったよ」
「自信過剰だったのですわ、お恥ずかしい限りです」
「自信過剰だって?とんでもない、君はどのご令嬢よりも控えめじゃないか」
「そんなこと…」
「僕はね、あの花が欲しくてね」
(花が?なぜ?)
王太子は、黒髪をさらりと後ろに撫で付けている。
身重を気遣ってとはいえ、同じソファに座るなど、私はなんと無遠慮なんだろうか。とはいえ、固辞したらしたで王太子の気遣いを無碍にしたことにもなる。すごくそわそわした。
「落ち着かないかな?」
「王太子殿下と同じソファに座るなど…」
「ははっ気さくに話してくれよ。僕の事はアヴァーレンと呼んでくれていい。親しい友人はレンと呼ぶ。君にそれを許可しよう」
恋人や家族でもあるまいしそんな呼び方ができるものか。
戸惑っていると
「君だって、古くからの知人だろう?」
と言われてしまった。
「恐れながら…ご令嬢のお呼ばれや国を上げての祝祭でご挨拶する事はあれど、こうしてお話しする事自体初めてですし…恐れ多くて…とても…」
「なら、これからそうなれば良いじゃないか」
それはどういう意味だろう。真意がわからず、王太子を見るとすぐに目が合う。
じっと私を見つめている碧眼は、なんと強い意志を孕んでいるのか。
「それは、その…」
「僕はずっと、君とこうして話してみたかったよ」
「え?」
私の髪に触れようと手が伸びた時
「何をされています?」
見るとそこには旦那様が立っていた。
「やあ!カールライヒ、行き違いになったみたいだから待たせてもらったよ。ちょっと話せるかな?」
「妻に何か?」
「ああ、そうそう、話題の本にサインを書いてもらえないかと思ってね。お願いしようとしたところさ」
懐から、自著が出てきて面食らった。
書くものがないと伝えると
「なら、後日必ず書いて欲しいな」
と言い、旦那様の肩を叩いて笑いながら離れたところに移動していく。
何度か振り向き、その度に私に微笑みかけていた。




