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離縁届け

長い旦那様の前置きに、スープもステーキも手をつけられることのないまま、遂に湯気が上がらなくなった。


「それで、君の姉君…フォレスティーヌ嬢とカールライヒ伯爵は正式に離縁した」


(まただ、また私は何も聞いていない)


生家のレントバーグ家での決め事は、主に姉と両親が事前に何の相談もなく突然決定事項を告げてくる。


(もうすでにお姉様と旦那様は深い関係にあるんだろう)


旦那様は既に悟られていることにも気付かないようだ。

「今はフォレスティーヌをヴァンルード家の別邸に住まわせている」


やはり、と思ったがここは冷静に返す。

「ここのところ激務でお忙しかったというのは…」

「嘘だ」


しばらくの沈黙は、重く湿った空気が支配した。

蝋燭が燃える音と、侍女たちが僅かに息を飲む音だけが、いやに耳につく。


「旦那様、どうしてそんなに俯いて話されるのです?」

目の前の初恋の人がなんとも情けなく映る。

「…君に申し訳なくて」

「私に悪いと思いながら交換などと言う下品な企みを進めていたのですか?謝るくらいならば初めからなさらなければ良いのです。申し訳ないなどと口が裂けても仰って欲しくはありません。謝れば少しでもご自分の罪が軽くなる気が致しますか?」

「そうではなくて…君はこれからカールライヒ伯爵の迎えが来る。間も無く従者の馬車が到着するだろう」

「そんなのお断りしますわ」

「これはあくまで交換条件だ。君がカールライヒ伯爵の許へ嫁がなければ、フォレスティーヌと僕は結婚することができない」

「おかしなことを。離縁すると言っても、私に何の非がありますか?一年も暮らしてから姉妹を入れ替える為の離縁など、認められるとお思いですか。ならば一年前にそうすれば良かったではないですか」

「…出ていってくれ」

「旦那様!」

「ちがう、今日から君の夫はカールライヒ殿だ」

「私は嫌です」

「元より君の婚約者だろう!」


(そう。でも貴方との幸せを知ってしまった)


婚約破棄をせず、そのままカールライヒ伯爵に嫁いでいれば、実らぬ恋はそっと幕を引けたのに。


「全部姉のせいですわ…」

その時、扉が無造作に開く音がした。

「何?なんか聞こえましたけど?私がなに?」

「お姉様…」

「私の悪口を吹き込もうと言うわけ?」


旦那様は少し焦った様子で、フォレスティーヌにも落ち着いて座る様に言った。

「それで、離縁の届出にリリアはサインをしたのかしら?」

「いや、まだ…少し話が立て込んでいて…」

「あらなぜ?すぐ書いてもらわないと、カールライヒ家の馬車が、もう外で待っていたわよ」


私は震える身体を抑えながら必死に食らいついた。

「離縁など、私は嫌です!」

「なぜ?仮にリリアが離縁届けを書かなかったとして、がんとしてここを動かなかったとして、私は今日からここに住むわよ?"旦那様"は毎晩私を求めるでしょう。そんなのあなた、堪えられる?」


身体中の血が逆流するみたいだった。

姉は至って真顔で旦那様から離縁届けを受け取ると、片手でテーブルの上を滑らせる様に私の目の前に差し出した。


「はい、書いて。…ああ、ペンがない?そこの、あなた、ペンを持ってきて」

侍女は震える手で姉にペンを渡す。

「あなた、バカなの?私じゃなくてリリアに渡せば良いじゃない」


あ、と声を漏らして頭を垂れると、なるべく私を見ない様に、侍女は私にペンを渡した。


ペンを両手のひらの上に載せてしばらく呆けた。

姉はなおも続ける。

「リリアは自分の名前の書き方もお忘れ?」


ぎゅっと唇を噛んで、旦那様に抗議した。

「姉のこの様な言動は今が初めてではないですわ。旦那様にもお屋敷に勤める皆様にも辛く当たる事があるでしょう。それでも良いのですか!?」

旦那様はううんと唸ってから言った。

「フォレスティーヌの言う事が間違っていたら横暴だけれど、間違ってはいないだろう?」


(は?)


「今のだって、フォレスティーヌではなく、リリアにペンを渡せば良いということは間違ってはいないだろう?君がこの屋敷に居座ったら嫌な気持ちになるのだって事実だと思うし」


(同じだ。私の両親と同じ事を言う)


姉は、自分は絶対に正しいと思っている人種だ。

そして他人にそれを否定される事を嫌う。

自分の思考の中で筋道が通せると思えば、絶対に通してみせるし、相手の気持ちなど一切忖度しない。

かといえば、自分に対して失礼な言動は神経質な程に敏感だ。


私は時計を見る。午後7時を回っていた。

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