すれ違う気持ち(後半、ソバタ視点)
「リリーもソバタも大丈夫でしょうか」
「心配ないわ、なんてったって7人も育てたダイアナさんがびしびしシゴきながらちゃんと様子を見てくれているし、他にも先輩お母さんが目を光らせているもの」
しかし、マイロは明らかにそわそわしている。
「…やっぱり寝付けないの?」
「心配で…」
「そうね、心配よね。でも考えてもみて?もしあなたの心に寄り添わないまま、ソバタと一緒にリリーを育てる方が怖いと思わない?」
「そう!そうなのです!別に子育てを代わって欲しいと思っているわけじゃないんです!」
ぼふっと布団を拳で叩いた。
すっかり痩せた頸に骨が浮き出ている。
マイロは叫ぶように言う。
「母親ならなんでもできる、なんでも我慢する、寝なくても子どものためなら、それが幸せでたまらない!そんな、自分を殺してただの役割に成り下がるかのように思われるのがたまらなく許せないのです!!!…私にだって心は…あります…。それをソバタは…あの人には、そもそも理解なんてできないんでしょう」
息が乱れている。
「変われるといいわね。ソバタも、そしてマイロ、あなたも」
「私も、ですか?」
「…庭に咲いたお花、持って来たの。飾るわね」
「あ、奥様、私が…」
「……」
「奥様?」
「ソバタに対してもそうなのかしら?」
「え?」
「私はまだ旦那様と夫婦になって間もないけれど、思ったことがあるわ。思いやりは受け取る側にも受け皿がないと成立しないのよ」
マイロの顔は固まったまま一点を見つめて動かなくなった。
その様子を見て、マイロにも自己を見つめ直す時間が必要そうだと感じる。
チェストの上に置いてあった花瓶を持って水を汲みに外に出た。
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「なんで寝ないんだよ!もう寝てくれよ!!お父さんは死にそうだ!!」
泣いてばかりで埒があかない。
こちらの事情を話しても分かるわけがないし、寝ろと言っても寝てくれない。
抱っこをして、絵本を読んで、マイロの匂いがついた寝巻きを布団がわりに掛けてあげたりもした。
気分が変わるかと思っておもちゃであやしたりもした。
(寝ない!!!!!!)
外はすっかり白んできている。
一睡もできないまま夜明けを迎えるのかと想像して、頭を掻きむしった。
発狂しそうである。
マイロのやつ、今ごろすやすや一人で眠っているのかと思うととんでもない怒りが湧き起こった。
コンコン、と部屋のノックが鳴ったので出てみると、乳母のヨーレンさんだった。
「様子を見に来たの」
言い切る前にリリーを手渡した。
「トイレに行かせてください!!!」
言い終わる頃には歩き出していた。
後ろから「あらまあ」という声が聞こえた。
先日、リリーの吐瀉物で汚れたので湯浴みをして戻ったら、先輩侍女のダイアナさんにこっ酷く怒られた。
『何をのんびりしていたんだい!湯浴みをするならするで、言ってから行きな!!』とそんなことを言われた。
せっかくサボれたのに、ずいぶんと酷い話である。
仕方なく、今回はトイレを済ませるとすぐに戻った。
ノックをすると「もう少し待って、今おっぱいあげてるの」と声がしたので
(なんだよ、ならどこかで少し休めば良かったな)
などと思う。
暫くして、声をかけられる。どうやら廊下でそのまま眠っていたらしい。
「ちゃんとゲップさせてね」
と言われてヨーレンさんはさっさと行ってしまった。
泣きたい気持ちでその背中を見送る。
リリーの小さい背中を優しくさする。
その振動で僕まで寝てしまいそうになる。
それで、うつら、としたのだと思う。
けぽっこぽっという音と共に生暖かい物が背中を伝う。
「おいおい!!嘘だろ!リリー!!!!」
僕は幼子相手に激昂した。
驚き目を見開いた我が子が悪魔に見える。
「…くそう……」
泣きながらリリーを着替えさせて、汚れた口を拭った。
僕の寝巻きはべちょべちょで徐々に冷たくなってくる。それがなんとも惨めな気持ちを増長させた。
けれど、やっとうとうとしてきた我が子を抱っこするしかなかったのである。
翌朝、ダイアナさんが様子を見に来た時、僕は泣き崩れた。




