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復讐の開花(ヴァンルード侯爵視点)

あの日と同じ、木漏れ陽の中。

湖畔を臨むベンチへ急ぐ。

こんなに気持ちが高揚するのはいつぶりだろう。


アイリル嬢から邂逅の了承を得たと返信が来たときは天にも昇る気持ちだった。

今の僕は足にも羽が生えそうなほどに気持ちが軽やかである。


それにしても、この公園は相変わらず子どもが多い。

角から次々に小さな子どもが飛び出してきて、走り抜けていく。

ぶつからないように気をつけながら約束の場所に向かった。

きちんと管理されたブナやコブシの木が均一に並んだそこは、公園の喧騒からほんの少しだけ離れて、穏やかな空気が流れている。煌めく水面の上を滑る鳥の声や、草花を揺らす風が、君に会うためだけに用意された舞台装置のようだ。


(ああ)


そこで見たのは、紛れもなくあの日の君。

きらきらと輝く金髪。

追憶の中の光景が、今目の前に広がっている。


上がった息を整えて、急ぎ足で乱れた髪を櫛で撫でつけた。

もちろん、手には彼女が執筆した本をしっかり持って。

声をかけるのを憚られるほどの息を呑む美しさ。

僕は勇気を振り絞って、やっと君に声をかけることに成功した。

「…やはり、貴方のその金髪は例えようもない美しさだ。…レディ・アイリル嬢」

透き通るような金髪が、乱反射しながら振り向いた。


(…え?)


「リリア…」

「ご機嫌よう、ヴァンルード侯爵」

「…はっ!なんだ、なぜここにいる?その髪の毛はなんだ。ふざけているのか。僕は人と待ち合わせをしているんだ。早く去りたまえ」

「あら、おかしいですわね。貴方と約束していたのは"私"ですけれど」

「どこで聞きつけたのか知らないがね、本気で僕のことを怒らせたいらしいな?僕はアイリル嬢と待ち合わせているんだ」

「ですから、私がそのレディ・アイリルでしてよ」

随分と自信たっぷりに言ってのけた。

激昂しそうになるのを必死に堪える。

こちらに向かっているのだろうアイリル嬢に僕の醜態を見られる可能性があるんだ。この女を早々に退散させなければ。

「良い加減にしないか。僕が温厚な内に去りたまえ」


リリアは落ちていた枝を一本取ると、がりがりと地面に何か書いている。

「お気付きでないようだから、親切に教えてあげましょうね。Ailil、逆から書くとLilia。逆さ言葉ですわ」

「馬鹿な!お前はそこまで思い上がっているのか!偶然一致しただけだろう!?つけあがるのも大概にするんだ」

僕の話を無視して、リリアはまだ何やら地面に書いた。

「姉、ネフィソルテに捧ぐ、とありますわね。Nefisorte、これもForestineのアナグラムになっているんですのよ。今、社交界ではこの話題で持ちきりなんですって。噂に飢えた貴婦人たちには下世話で堪らないでしょうね。……気付かなかったのは貴方ぐらいではなくて?」


ぞわぞわぞわ


本から文章の一語一句が這い上がってくるような感覚になる。

堪らなくなって、思わず本を叩きつけた。

「嘘だッッッ!!!貴様!騙したな!?」

「はい?騙す?何をですか?」

「大体、その髪の毛はなんだ!!!お前は銀髪だろう!!僕を嘲笑うためにカツラでも被っているのか!?それともわざわざ染めたのか!?」

「もう、いちいち大声を出さないでくださる?私は銀髪ですわ。勿論この髪の毛も地毛ですよ。私の髪の毛は柔らかい日差しの下では薄い金色に見えるんですよ。そう、例えばこんな木漏れ陽の下とか。まあ、一年も共に暮らしていながら、そんなことも気付かないなんて。よっぽど私に興味がなかったんでしょうね。恨むんならご自身の洞察力のなさ、観察力のなさを恨んでください」

「嘘だ!!!!嘘だ!!!!!ぁぁあああ!!!」

地面に伏して両腕を必死に掻き回しながら、文字を消し散らした。

「…まあ、貴方がどう思おうと勝手ですが、それが真実ですから」


ふざけている。

こんな現実、ふざけている。


「……僕は、あの日の君に求婚したかったんだ。ずっと、ずっと前から」

「あの日の貴方が私に恋心をくれました。その後の顛末を知らない私が知ったらどんなに喜んだでしょう。それが、どう拗れたものでしょうね、可哀想に。貴方も姉に陥れられなければこうはならなかったのかしら」

「もうその捩れを解くのにも疲れてしまった。…君が僕の元に戻ってくれたらどんなに安らかだろうね…」

「貴方が信じた運命の人は私だと知ったところで…貴方は、一緒に暮らした一年間が、私を女として受け入れられないでしょう?」

「あの時はフォレスティーヌに気を遣っていただけだ!簡単な話さ、君が僕の屋敷に戻れば良いだけの」

リリアがふるふると頭を振るうたび、金箔が舞うかのように髪が光る。

「私は今の夫を、カールライヒ伯爵を愛していますから」


細い腕を引っ張って、木陰に連れ込んだ。

恐怖に揺れるその瞳を見て、思わずぎゅうと抱きしめた。僕はそんな目で見られるはずの男じゃない。

ゴキッと音が鳴る。

「ッア゙!!!!!」

息が漏れるような悲鳴。恐らく肋骨が折れたんだろう。

ジタバタと抵抗される。

「は、はなしっ…離してください!」

「元々は夫婦だったんだものなあ。やっぱり僕たちは運命の相手なんだなぁ」

抵抗する彼女に無理矢理口付けした。

「もっと早く君にこうしていれば良かったんだね。ごめんよ。さあ、僕たちの屋敷に帰ろうね」

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