復讐の発芽(フォレスティーヌ視点)
「フォレスティーヌ様は『偽りの花嫁』の演劇をご覧になりまして?」
エイミー・ライラック子爵令嬢、今は結婚されてフォン男爵夫人は言った。
この人は暇さえあれば演劇に行く。
理由は簡単だ。
演劇は異国の者も多く関わっている。
舞台裏で働く異邦民を吟味しているのである。
いつものことなので、いつものように質問した。
「お眼鏡に適う異国の男でもいらしたの?」
「あらあ!それはそれとしてよ!とても刺激的な脚本だったの。ほら、流行ったでしょう?同名の自叙伝」
「おほほほ…私、離縁してからあまり外に出なかったでしょう、最近の流行りがよく分からなくって」
離縁してからも何も元より本など読まない。
初版は誤字脱字が目について読めたものではないし、それ以降は読む価値を見出せない。
紅茶が入ったカップを眺める。
(…カッシーナのカップ。奴隷売買で相当儲けているようね)
心の中に澱が溜まっていくようだ。帰ったらこれと同じものを父に強請ろう。
それにしても紅茶が不味い。
どこ産の茶葉だろう。すえたような臭いがする。
加えて随分ぬるい。思わず「不味い」と喉まで出かかってしまう。
「これ、」と言いかけたが、フォン男爵夫人は、にこにこしながら演劇の内容を喋っている。
「それでね、
その著者は好きな人とせっかく結婚したというのに、姉妹が夫を交換するのよ…あら?」
私は思わず紅茶カップを落とした。
「…なんですって?」
「そういえば、フォレスティーヌ様の所もそうではなくて?あら、あらあらあら」
ぱさっと扇子が開かれて口元を隠す。
あれは人を見下している目だ。
隠れた口元はさぞ歪んでいるんだろう。
「エイミー様は、な、何が言いたいのかしら」
「ご存知?今、社交界では、その話題で持ちきりなんですのよ。貴方が本の中の"姉の方"じゃないかって。まあ、貴方は密会でお忙しいんでしょうけれど」
家に篭っているのだから、ご存知の訳があるまい。
香水臭い顔が近づいた。思わず鼻と口を覆った。
「……今までなんとか融通してあげていましたけれどねぇ。これからはちょっと…無理そうね」
「ば、馬鹿を言わないで?貴方だって貴方のご主人だって困るのよ!?」
「さあ?それはどうかしら。貴方、悪目立ちしすぎるのよ」
「し、死体は…?…死んだのよ!どうしたらいいの!?」
「また!?あのね、前回も処理が大変だったのよ。癖は好き好きだけれど、面倒事を押し付けないでくださる?」
フォン男爵夫人は立ち上がり、「良き週末を」と言って帰宅を促された。
「ちょっと待ってよ!話題で持ちきりですって!?私が何をしたと言うのよ!」
「ならば面倒くさがらずに読んでご覧なさいな。もしくは演劇の方をご覧になる?まあ、私なら自分の醜態が記された本なんて読めたものじゃないし、演劇となれば尚更ね」
「…醜態?なぜ醜態なのよ」
「貴方、妹にしてやられたのねぇ。それはそれは恥ずかしかったわよぉ。貴方と友人だなんて知られたくないくらい」
バサリとテーブルに本が置かれる。
「お貸しするわ」
全てを完璧に囲まれた私が陥れられる内容などない。
あるとすれば、それは奴隷を買って、否飼っていることくらい。
知っているのはこの女と、その夫とそれからヴァンルード。
睨みながらその本を手に取って、ぱらりと捲った。




