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殺してやりたい(カールライヒ伯爵視点)

少し考えれば分かるのに。あの家は君のわがままが通る世界じゃないのに。何か思惑が、企みがあったからじゃないか。

愚かなのは私だ。


「リリア」

頬に手を触れる。顔を赤くしたその人は、驚いて、慌てて、それから呼吸が乱れた。

「愛しい人は初めから君以外いない」

目を閉じて唇を奪おうとしたけれど、むにゅっと当たったのは彼女の左手だ。

「むっ…ははひへふへはひは(離してくれないか)」

ぶんぶんと彼女は頭を振った。

「急にそんな…だって…どきどきして…とても…」

はあ、とため息をついて顔を背ける。

その横顔は信じられないくらいに美しかった。

心臓がはねて煩い。

ごくり、と唾を飲み込む。

それを気取られたくなくて、柔らかな手を取り、ゆっくりと口元から離した。

よく見れば、指先がなぜか少しささくれていた。

じっと手を見つめていたので、リリアは慌てて手を引っ込めてしまう。

私の手をすり抜ける。伸ばせばすぐ届く距離なのに、どうやっても届かないような、君はいつだって私をそんな気にさせる。

「…そういえば、その手に似合う指輪がまだだな。選びに行こうか」

「え?指輪、ですか」

「私の妻だとちゃんと示しておかないと」

そう言うとリリアは顔を覆った。

なぜそんなふうになるのか分からない。

「?どうしたんだい」

「そんな甘い台詞、まだ私には眩しくて」

「眩しいか?私にはリリアの方が眩しいがね。そうだ、噴水での約束もまだだし、今日は君をたくさん着飾って絵師を呼んで描かせよう。うん、それがいい。なあ、リリア……リリア?」

その瞳は明らかに戸惑いを秘めている。

小さな顎を、たった2本の指でこちらに向けた。こんなにも簡単なことが、遥かな山を登るより難しく感じる。

「君は本当に不思議な人だ」

ふんわりと耳元で囁いた。その耳にそっと口付ける。

途端にリリアは私の胸を押し返した。

「…白状します」


嫌な予感が去来した。


「私は夜伽はおろか、口づけを交わしたこともありません」

「なんだって?」

「だから、その、もう少し時間を頂けませんか」

「あの、あの野郎…ヴァンルード…あいつは…あいつはどこまでリリアを傷つければ…」

すると再び私の口は柔らかな手で覆われた。今度は両手だ。


「やめて、やめてくださいませ」

ぼろぼろと玉のような涙が溢れていく。

(まるでガラス玉のようだ)

なぜかそんなことを思った。


「惨めで…死んでしまいそうだから…もう、それ以上仰らないで」


(ああ)

私は今脳裏で確実にヴァンルードの喉を掻き切った。

娶っておきながら、自分のことを愛していると知りながら、男女のそれがないなどリリアを馬鹿にしている。

君は真実私だけのものだなどと、彼女の気持ちを考えれば、そんな自分の都合だけを喜べるはずなどない。喜べるならばそれは、誰のための歓喜だ。


(あいつは何度リリアを傷つけてきたのだろう。リリアは何度傷ついてきたのだろう)


「うっ…」

彼女は俯き、溢れる涙がドレスを濡らしている。

ぼたぼたとまだらに模様が描かれていくその様は残酷なほど美しかった。

涙が綺麗などというのは嘘っぱちなのだ。そんなことを思ってしまう私だから愚かなのだ。そんなことを思えるうちは、まだ君を欲してはならない気がする。

私はもっと君に相応しい男になりたい。


リリアはテーブルの上からナプキンを取ると、ぐしゃぐしゃに顔を拭いた。

「ごめんなさい、いきなりそんな事言われても迷惑ですわよね。私、そんなことを言って旦那様にどうしてもらおうというのでしょうね。困りますよね」


(前々から自己肯定感が低いとは思っていたが)


リリアの髪を撫で、背中をぽんぽんと叩いた。

それからぎゅうと抱きしめた。

「辛いことを告白してくれて、ありがとう。いいか、これから君は幸せになれるんだ。忘れろとは言わない。君が辛い時は、うざったいくらいに君のそばにいる」

「旦那様…旦那様こそ幸せにならなければ」

私の背中に腕が回った。

「もちろんそのつもりだ」


こんなに君と抱き合える日が来るなんて、嬉しくて堪らないはずなのに、胸中は複雑だった。


「お痩せになりましたね」

「そうだな」

「逞しくなられました」

「努力した」

「健康に気をつけましょうね、一緒に」

「君のためなら」


わざと話題を逸らせていることには気づかないふりをした。

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