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チワワを助けました

彼との出会いは6年前だった。


台風が去った朝、村は大変な状態で、私は両親と共にご近所のおばあさんのお家を見に行っていた。


かなり大型の台風だった為に村のあちこちで被害が出ており、おばあさんの家も屋根の一部が飛ばされていたが、おばあさんが寝ている部屋ではなかった為におばあさんは無事だった。


「私、あっち見てくる」


「川の方には近付いちゃ駄目よ!川、荒れてると思うから」


「はーい」


おばあさんの家の裏には小さな畑があり、その先には川があった。


畑は滅茶苦茶になっていて、もうすぐ収穫時期だった野菜達は茎が折れたり実が飛ばされてなくなっていて悲しくなった。


「...キューン...キャン...」


その時何処がからか細い犬の鳴き声が聞こえた気がした。


「キャン...キャン...」


耳を澄ませると確かに聞こえる。


位置的に川の方向。


近付いちゃ駄目だと言われたのも忘れて川の方へ駆け出していた。


普段は緩やかな流れの川は台風による大雨で水嵩が凄く増していて、濁流となり轟々と音を立てていた。


何処から流れてきたのか大きな木や何処かの建物の残骸のような木片も流れていて様相をすっかりと変えている。


こちら側の川岸の端っこに大きな木が流れ着き川岸の何かに引っ掛かって止まっていて、そこに白っぽい何かが見えた。


「あっ!大変!」


それが小さな犬だと分かると私はそこに走って近付いたのだが、まだ大人になりきれていない12歳の体ではどんなに手を伸ばしても子犬には届かない。


木の枝部分に引っ掛かったようにしがみつく子犬は今にも濁流に飲み込まれてしまいそうで、人を呼びに行く暇などないように思った。


慎重に大木を伝って子犬に近付いて手を伸ばす。


指先に濡れた毛が触れたけどしっかりと掴めない。


「あと、ちょっと」


思い切り手を伸ばし何とか子犬の体を片手で掴んだ。


「やった!」


そう思った瞬間、大木がグラリと揺れ、私の体は濁流の中へと落ちていた。


その後の事はよく覚えていないけど、気が付いたら私は川岸にいて、全身ずぶ濡れの状態で母親に抱かれていた。


私の手の中には溺れていた子犬が抱かれていて、子犬は生きてはいたのだがその後1週間目を覚まさなかった。


グレーに近い灰色の毛色の体長20~30cmの小さな犬で、その小ささから父が「チワワだな」と言っていた。


チワワとは他国の貴族がペットにしているらしい小型の犬で、成犬でもこの大きさなのだそうだ。


1週間後に漸く目を覚ましたチワワが実は普通のチワワではなくチワワの獣人だった事が分かるのはその数日後。


獣人とは動物と人間のハーフのような存在で、魔力が高ければ人間の姿にも動物の姿にもなれたりする人達の事を言う。


完璧な人間の姿を保てるのはごく一部の物凄く魔力の高い獣人だけで大抵が人間の姿になれても耳や尻尾や髭が生えていたりして、見ただけで「獣人だ」と分かる。


人間の姿になれなくても言葉を話せる者達も沢山いて、大昔は獣人を嫌う人が多かったそうだが、今ではあちこちにいるので別に偏見を持たれる事も差別される事もなく普通に暮らしている。


1週間ぶりに目を覚ましたチワワは大きくてまん丸い目をキラキラさせて私に近付いてきて私の手の甲をペロペロと舐めた。


ミルクを持って行くと美味しそうに飲み、パンパンになったお腹を私に見せて懐いてくる。


あまりの可愛さに思わずそのお腹に顔を埋めるとお日様みたいないい匂いがした。



チワワは高い犬なので飼い主が探しているかもしれないという両親がチワワを保護していると貼り紙を貼って数日。


我が家にデップリしたお腹の貴族が子供と一緒にやって来た。


本当の飼い主が現れるようにと「チワワ」とは書いたが毛色などの特徴は書かなかった両親。


「我が家のチワワを返してもらおう!」


来て早々にそう言った貴族は酷く意地悪な顔をしていて、子供の方も私と同じ歳位だけど何だか凄く意地悪そうで感じが悪い。


「貴族様のチワワはどのような毛色をされておりましたか?」


父が貴族に問い掛けた。


「毛色?!何故そのような事を答えねばならんのだ!儂のものだと言っておるんだ!さっさと寄越せば良い!」


「そのような訳には参りません。もしも仮に貴族様にお渡しした後に別の方が「私こそが本当の飼い主だ」と現れてしまいましたら私共が罰せられかねません。別に難しい事ではございませんでしょう?本当の飼い主様であるのならばチワワの特徴をお教え願えませんか?」


「ふ、ふん!そ、そうだな。色はクリーム色。目の色は黒、だったかな?なぁ、セザール?」


「そ、そうだ、クリーム色で黒い目だ!一般的なチワワと変わらない色だった!」


「そうでございますか...では我が家で保護しているチワワとは異なるようでございます」


そう言うと貴族は顔を真っ赤にした。


「な、何だと?!と、兎に角チワワを連れて来い!この辺りでチワワを飼える程の財力を持っているのは我が家以外にありえん!」


「そうだ!さっさと渡せばいいんだ!平民の癖に生意気だぞ!」


実はチワワ、他国ではとってもポピュラーな犬だがこの国ではなかなか手に入らない犬であり、チワワ1匹で豪邸が一棟建ってしまう程の金額が必要で、王都ではチワワ泥棒まで現れるのだそうだ。


だから簡単に渡す訳にもいかないのだ。


もしも本当の飼い主が現れてしまって、偽の飼い主に渡してしまったと知れると偽の飼い主を名乗った方もそうだが、私達家族も罰せられる。


下手をすれば一家全員が処罰される可能性すらある。


だからおいそれと渡す訳にはいかない。


すると激高した貴族は部屋で暴れ始めた。


手にしていた黒塗りの高そうなステッキを振り回してあちこちを壊し始めた。


「お、おやめ下さい!」


「うるさいうるさい!儂に歯向かいおって!」


貴族が振り回したステッキが私目掛けて振り下ろされそうになった。


私は咄嗟に頭を庇いしゃがみ込んだ。


だけど来るはずの衝撃は来る事はなく、私はそっと目を開けた。


私の目に飛び込んで来たのはキラキラしたグレーの毛の尻尾の生えた誰かの背中だった。

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