第一章 飛べない鳥たちは籠の中でさえずる ~自分~
「もし私が好きになっちゃったとしても、その気持ちを本人に伝えることは絶対にしないから」
「私が心配してるのは、司がりんを好きになるんじゃないかってことだよ。全力でぶつかるつもりなんだろ? そんな人、友だちでもなかなかいないと思うけどね」
「大丈夫大丈夫、司さんが私を好きになる確率はゼロどころかマイナスだから」
りんが笑いながら言う。
「はい、できたよ」
「ありがとう、ハナさん」
「私はもう何も言わないよ。りんの好きにやってみな」
「うん、わかった」
真っ黒なりんの髪の毛は新聞紙の一面を覆いつくしてしまっている。こんなに伸びていたのか、とりんが思った。美容室へ行ったのはつい最近のことのような気がしていた。りんは落ちている髪を全て集め、新聞紙にくるんだ。それをゴミ箱に捨てると、なんだかとても清々しい気持ちになった。
他にできることと言えば、泣かないこととスカートをはかないこと、それから化粧は控えめにすることくらいだろうか。元々、りんは自分の顔が好きではなかった。容姿をからかわれるのは日常茶飯事だったし、両親にも一度もほめられたことなどない。その上、性格もねじ曲がっているのだから、司の目に映る資格など一欠片も持ちあわせていないのだ。
そう考えると気持ちが穏やかになった。そうだ、心配するようなことは何もない。ただ全力でぶつかって、元気になる日を待つだけだ。才能の塊である司は必ず役者に戻ると言うだろう。その日がくることをひたすらに祈る。
それまで司がりんの心の奥に入ることがないよう、気をつけるだけでいい。
肝心なのは第一印象だ。あくまで「他人」を演じなければ。りんは中学生の頃、演劇部に所属していたことがある。父親に退部届を出されるまでの二年と少し。その青春の日々が、りんの支えの一つになっていた。
ただ、五年近く応援してきた憧れの人を目の前にして、自分がどのような気持ちになるのかはわからない。それだけが唯一の懸念材料とも言える。
もし好きになってしまったら……。
鏡に向かって、一度だけにっこりと微笑んでみた。そこに映っているのはただのりんだ。賢くもない、きれいでもない、何も飾らない、何の価値もない、そのままの自分だった。