第五章 細く棚引く雨に誓う愛 ~熱~
「あまり期待しないで下さい」
りんは麦茶が入ったコップを二つテーブルに乗せ、司の向かい側に腰を下ろした。外からはまだ弱い雨の音が聞こえる。
「いただきます」
フォークでパスタをくるくると巻きつけ、司が一口目を頬張った。
「うまい! めっちゃ美味しいじゃん。りん、やっぱり料理上手いんだな」
「そうですか? 低脂肪のクリームを煮詰めるのがポイントなんですよ」
緊張感から解放されたりんも、スープに口をつけた。
「あれ、ちょっと味濃かったかも」
「え、美味しいけど」
「そうですか?」
「うん。俺の好きな味」
「お世辞でも嬉しいです」
「今さらお世辞なんて言わないって」
「ありがとうございます。運転、大丈夫だったんですね」
「まあね。日々進化してるから」
「そうなんですか?」
「おう。いずれ俺も車買わないとな」
「やっぱり海外のメーカーですか?」
「いや、全然こだわりないし。中古でも軽でも普通車でも、乗りやすければいいよ」
「黒とか」
「赤とか青のほうが好きかな」
「じゃあ、今度一緒にディーラーへ行きませんか?」
「行く行く。東京じゃいらなかったのに」
「そうですよね。自分の車ってなんかいいですよ」
「そっか。ヨシ、また楽しみ増えたな」
「これから楽しみいっぱいです」
司は次々と料理をたいらげていく。その笑顔を見ているだけで、りんはお腹がいっぱいになってしまうような気がした。
六
りんがお風呂から出ると、司はリビングでテレビを見ていた。
「お笑い番組やってるんだ。りん、好きなコンビいる?」
パジャマ姿のまま、りんが司に近づく。
「俺、この二人が好きで……」
りんはソファに座っている司を後ろから抱きしめた。
「部屋へ行きませんか?」
「……りん」
「はい」
「本当に大丈夫か?」
「はい」
司が立ち上がり、りんの手をそっと握った。静かにその手を引く司の背を追って、りんも二階へ上る。司は後ろ手にふすまをしめ、りんをもう一度抱きしめた。
「好きだ」
「私も、好きです」
司がりんの肩に両手のひらを乗せる。瞳にお互いが映りこむ距離で、二人は向かい合った。自分の鼓動が司に響いてしまわないだろうか。そう考えていると、司の唇がりんのそれに触れた。深い口づけを交わすうちに、何も考えられなくなる。頭の中が痺れて動けない。りんはなんとも言いようのないまどろみに誘われた。
司はもう、何も聞かない。
こびりついていた恐怖がだんだんと薄れていく。りんが司の背中に両腕を回した。生きていて良かった、と心から思う。司が小さく微笑んだのがわかった。それに呼応するようにりんも微笑む。
どんな言葉ももう、二人の間には必要なかった。




