第五章 細く棚引く雨に誓う愛 ~遠雷~
五
翌日の昼食を終えると、司はドラッグストアの面接へ向かった。ブラックガンビットのライブイベントの打ち合わせもあると言う。りんは使われていない部屋の掃除を終えてから、録画していた二時間ドラマを再生した。長年続いているシリーズで、タクシーの運転手が事件を解決するという奇抜な設定のものだ。
いわゆる『ベタ』が散りばめられているコミカルな前半部分と、犯人の苦しみや悲しみに寄り添った後半部分。その二つが物語をより味わい深いものにしている。何度も見たドラマだが、やはり面白い。エンドロールを見届けてから、りんは夕食の準備を始めた。今日はキノコのクリームパスタとサラダ、コンソメスープだ。簡単に作れる豆乳を使ったイチゴのプリンも追加した。
青色のエプロンを外していると、りんのスマホが鳴った。
「今から帰る」
司からの帰るLIMEには、笑顔のスタンプがついている。
「気をつけて」
ハートマークをつけようか迷いながらも、りんは手を振るスタンプを返した。こういうやりとりもまだ少しだけ恥ずかしい。司が言っていた通り、午後から弱い雨が降りてきていた。雷が鳴るという予報は出ていない。
連絡から四十分が過ぎても、司は戻らなかった。LIMEを確認してみるが反応はない。心配になったりんは自分の傘を差し、予備の折りたたみ傘を持って玄関を開けた。やはりそぼそぼと雨が降っている。道路の様子を伺ってみるが、車は見あたらなかった。
それから五分ほど経過したところで、りんの愛車が顔を覗かせた。りんが庭へ戻り、司が車を停めるのを待つ。
「ただいま。ごめんな、遅くなって。ヒデくんからCD借りてきたんだ」
「おかえりなさい」
「ダメだろ、出てきちゃ。さっき雷注意報発表されたんだぞ」
「そうなんですか?」
「うん。さっき送ったLIME見なかった?」
「見てないです」
「ほら、肩ぬれてる。早く家に入ろう」
「はい」
折りたたみ傘を開こうとしたりんを司が制する。二人は一つの傘の中で寄り添った。
「ちょっと待ってて。今、タオル持ってくるから」
家の中に着くと、司が先にお風呂場へ向かう。りんは傘を閉じて、玄関で司が戻るのを待った。
「はい、タオル」
お風呂場から出てきた司がりんに歩み寄り、バスタオルをかぶせた。とても優しい手つきで、りんの肩から雨の滴を拭う。
「あの、甘やかしすぎじゃないですか?」
「早く会いたかったから」
「私、着替えてきます。夕飯まだですよね?」
「うん」
「一緒に食べましょう」
自分の部屋へ戻ると、りんは一度深呼吸をした。司の優しさが嬉しい反面、まだそれに慣れない自分がいる。着替えを洗濯機に入れてから、キッチンへ向かった。
「りんが作ってくれたの?」
司は嬉しそうな表情を浮かべて、りんが作ったパスタの前に立っている。タマネギとシイタケとシメジ、ベーコンを炒め、生クリームや牛乳であえた。色どりに粉チーズやパセリをそえてある。
「このくらいはできますよ」
「めっちゃおいしそう」
「ハナさんみたいにはできませんよ?」
「俺はりんが作った料理が食べたいんだ」
「じゃあよそいます」
「手伝う」
「いいんですか? じゃあスープをお願いします」
「おう」
二人は居間のテーブルにメニューを並べた。司は、きらきらと輝く瞳でそれを見つめている。




