第五章 細く棚引く雨に誓う愛 ~約束~
一
十二月最初の日曜日。りんと司は雪がうっすらと積もる、町で一番大きい橋の上にきていた。秋には鮭が繁殖するために川を上り、冬は渡り鳥が餌を求めて飛来する。特に今の季節は旅行会社が観察ツアーを組んでいることもあり、道内外から観光客が訪れる場所だった。
「きれいだな。野生の白鳥、初めて見た」
司はハナの双眼鏡で白鳥を観察している。二人は近くの駐車場から橋の中央地点まで歩いてきた。ここには観察用に数人が待避できるスペースがある。
「最近は毎年きてますよ」
「じゃあ毎年見られるんだな、やった」
「オジロワシもきますよ」
「天然記念物の?」
「そうです」
「え、マジで? 見たい見たい」
結局、あさ美は司とのツーショット写真を流さなかった。桐山の予想では、不倫相手の俳優がこれ以上イメージを傷つけないよう、あさ美に圧力をかけたのではないか、ということだった。
「もう少し寒くなったらここを飛ぶんです」
「またこような」
「はい」
「来年も再来年も、その次の年も」
司はまだ望遠鏡を数羽の白鳥に向けたままだ。
「わかりました。その先もずっとですね」
りんが自分の左手の小指を司に差し出す。司は自分の小指をりんのそれにそっと絡めた。
「嘘ついたら針千本の~ます」
子どものように無邪気な様子の司に、りんはつい笑顔になる。
「昨日、ヒデくんからLIMEがきててさ。ブラガンのイベントでずっと司会やってくれないかって」
「司さん、すごく楽しそうでした」
「やっぱそう思う?」
「はい」
「それと、ドラッグストアのアルバイト受けてみようかと思って。俺、実は十年くらいバイトしてたんだ。もちろん色々変わってるだろうけど、どの仕事も大変なんだし。少しでも経験したところのほうがいいからさ」
「司さんならできると思います」
「そう?」
「私が保証します」
「ならきっと大丈夫だな」
二人が家に戻ると、ハナがリビングで待っていた。
「おかえり。ちょうどお茶を煎れるところだったんだよ」
手洗い、うがいを済ませるとかぐわしいお茶の香りがする。ハナはわざわざお茶うけの和菓子まで用意してくれていた。
「実は今日、懐かしい友だちに会っちゃってね。古屋トメさんって言うんだけど、三年ぶりだったから話が弾んじゃってさ。トメさん、母親の介護で福岡に住んでたの。妹夫婦が同居することに決まったらしくて、こっちに戻ったんだって。それで、次の土・日・月の三日間、リフレッシュのためにH市の温泉に行こうって話になってさ」
「行ってらっしゃい。あ、じゃあ俺も出かけようかな」
頷く司を見て、りんが首を傾げる。
「出かけちゃうんですか?」
「だって……」
「よし、私は荷物のリストアップしてくるよ」
ハナが空の湯のみを持って、リビングへ向かった。そのまま部屋へ戻るのだろう。
「私は一緒にいたいです」
「俺、我慢できる自信ないぞ」
「我慢、ですか?」
「だって、二人きりだし」
りんは司の言いたいことがようやくわかった。
「あっ……」
「りんが大丈夫だって思えるときまで、待つから」
「わかりました」
胸が熱くなるのを感じながら、りんが頷く。司の優しさが嬉しいと思う反面、自分にはまだまだ乗り越えなければならない壁があることに気がついた。それを強要されたことは一度もなかったが、暴言を受け続けた過去は変わらない。そのとき自分がどうなってしまうのかは、いくら考えてもわからなかった。




