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第四章 空を泳ぐ雲は橙色に染まる ~特急列車~



  九


 りんは終着がH市である特急列車に乗り、O公園駅で降りた。司と歩いたときは紅葉していた樹々もすでに葉が落ちてしまい、枝の間から寒々とした空が見える。コンクリートでさえ冷たく感じられるほど気温が低いようだ。


 釣り堀の近くの湖に面しているベンチまで歩き、腰をおろす。そこは以前、二人で話をした場所だった。唐突によみがえる司の声が、りんの涙を誘う。人生をともに歩むという責任を、司とともに果たせると思っていた。


 朝早い時間であるためか、観光客は見あたらない。それがかえってりんをもの悲しくさせた。


 勝手に離婚届を出してしまったら、司はきっと怒るだろう。しかし、このまま結婚を続けることをあさ美は許してはくれない。


 どこかで一泊した後、家には戻らず、帰ったらその足で役場へ行こう。そう決心すると、りんは立ち上がり、駅に向かって歩き始めた。最後に一つだけ自分のわがままを通そう。りんは帰路とは逆方向になるH市着の切符を買い、改札口へ進んだ。


 乗り込んだ特急列車は、観光客が少ないためなのか空席が目立っていた。一番後ろの車両のちょうど真ん中の席に体を埋める。りんはぼんやりと窓の外を眺めた。



  十


 特急列車の出発のアナウンスとともに風景が線となり流れ出した。それは現実の時間の早さを表しているようでもあった。すでに司と出会ってから二ヶ月が過ぎたということを、りんが認識する。H市の改札を抜けると、りんは司と一緒に足を運んだ喫茶店へ向かった。最後にもう一度だけ、マスターが淹れたコーヒーを飲みたい。


「いらっしゃい。おや、鈴谷さん」

「こんにちは」

 開店したばかりだからだろう、他にお客さんはいないようだ。

「コーヒーを下さい」

「はい」


 マスターは司がいないことを問わない。りんはそれが嬉しかった。窓際の二人掛けのテーブル席に一人で座る。店内に満ちたコーヒーの香りが、りんの気持ちを落ち着かせていく。


「どうぞ」

「ありがとうございます」

 マスターがカウンターの中へ戻ろうとすると、店の黒電話が高く鳴り響いた。

「もしもし」

 ハナの家にも、昨年まで大切に使われていた黒電話があった。はきはきとしたマスターの声が耳に入ってくる。


「ええ、ええ。ビッグパフェ、お作りしましょうか?」


 どうやら『なまらビッグパフェ』を注文しているお客さんがいるようだ。りんが、もう二度とそれを食べることはないだろう、と考える。それどころか、司と出かけることも二度とない。守りきるためには、赤の他人だったあの頃に戻らなければならないのだ。泣きたい、という激情がりんをおそう。それを抑えこむようにコーヒーカップを手に取った。

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