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第四章 空を泳ぐ雲は橙色に染まる ~ライター~



  七


 次の日、インターホンの音が聞こえたため、りんは玄関へと向かった。時刻は午後三時を過ぎている。打ち合わせに出かけた司がそろそろ帰宅する頃だ。ハナは町内の会合に出席しており、夕方まで戻らない。

「おかえりなさい」

 りんが笑顔で玄関のドアを開けると、そこにはいるはずのない人物が立っていた。


「司は?」


 両腕を組んだシルエットは、まるで何百年も生きている魔女のような貫禄がある。


「……出かけてます」

 やっとの思いでそれだけを告げる。喉ががらがらして声が出にくい。今すぐに水を飲みたい、とりんが思った。しかし、声の主はそれに気がつかずに言葉を繋げた。

「わざわざここまできたっていうのに……私は森あさ美なのよ? いいわ、今日はアンタに用があるの」


 りんは仕方なくハナのスリッポンを履いて、あさ美の後ろを歩いた。今日はカーキ色のワンピース姿だった。今秋はこのような落ち着いた色が流行中のようだ。人形のように白く長い足が、スカートから覗いている。自分の心臓の鼓動の速さと、ゆっくりと進む足のリズムが合わない。


「今すぐ離婚してちょうだい」


 庭にたどり着くと、あさ美がジャケットのポケットからタバコとライターを取り出した。丸いロゴがついているライターは、司が雑誌のインタビューで好きだと言っていたブランドのものだった。白い煙が晴れた空へ昇っていく。


「アンタの元旦那、別れるとき大変だったんでしょ? もし再婚したと知ったら飛んでくるんじゃない?」

 たった二度ふかしただけのタバコの吸い殻を、あさ美は土の上へ落とした。厚底スニーカーでそれを何度も踏みつける。


「そしたら、困るのは司でしょ」

「あの人は……岡田はここへはきません」

「え?」

「今、仕事で海外にいます。再婚して、子どもさんが二人いるんです」

「嘘よ。だって、アパートを借りたままにしてるって……」

「管理人である岡田の叔父さんのご厚意で、借りたままにしてあるんです。時々手紙をくれるので間違いありません。別れるとき力になってくれた人です」

「……へえ」


「もういいですか?」


 りんが戻ろうとすると、


「じゃあ、原因はアンタにあったのね。元旦那は幸せにくらしてる。アンタはずっと一人だった。そんなんで司を幸せにできるの?」

 振り返ろうとしたりんの足が、草の上にくっついて離れない。


「やっとわかったわ、司は同情してるだけ。寂しいおばあさんとバツイチのアンタがかわいそうだからここにいるの。毎日私に『愛してる』って言ってくれたもの。アンタは私の身代わり人形なのよ」

「司さんはそんな人じゃありません」


「たった数ヶ月一緒にいただけで何がわかるの? アンタは私の人生をめちゃくちゃにした。元旦那だってそう。人の人生を狂わせる天才じゃない。司は俳優の夢まで奪われて、アンタは何も失ってない。こんなに不釣り合いな結婚ある?」

 あさ美の台詞は全て正論だった。


「私は……元々何も持っていないんです。だから、失うものはありません」

「じゃあ仕方ないわね」

 二本目のタバコに火をつけて、あさ美が言う。

「司と私のツーショット写真、週刊誌にバラすから」


「え?」


「SNSでもいいわね、とにかくみんなに見てもらうの。今、私との関係がバレたら、司はどうなるかしら?」

「本気で言ってるんですか」

「ええ、本気よ」

「司さんのこと、好きなんですよね? だったらそんなことやめて下さい」

「このままだと私が負けじゃない。一人で倒れるくらいなら、司もアンタも道連れにしてやるわ」

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