第四章 空を泳ぐ雲は橙色に染まる ~不安~
「りん、ありがとうな。俺、最後まで頑張れたのは、りんからの応援のおかげなんだ」
「そんな、他にもファンの方はたくさんいるじゃないですか。私こそ、鈴谷さんのおかげで頑張れたんです。ハナさんが鈴谷さんの存在を教えてくれたとき、離婚したばかりの一番辛いときで……」
「そうだったのか。ハナさんにもお礼を言わないと」
「本当に私でいいんですか?」
「りんじゃなきゃダメなんだ」
司は本気なのかもしれない、とりんが思った。しかし、その気持ちを受け入れるだけの余裕が今のりんにはない。自分以外の人生を背負う覚悟など、すぐに決められるはずもなかった。混乱した頭のまま、司の後ろを歩いて車に戻る。これ以上一人で抱え込むのは無理だ。
家に戻ると、りんはすぐに彩愛へLIMEを打った。
「もしもし、りん? どうしたの?」
「彩愛、どうしよう。実は……」
契約違反にはなってしまうが、今までの経緯を彩愛に全て話す。司と偽装結婚したこと。井ノ頭のこと、桐山のこと、あさ美のこと。好きになってしまったこと、おそらくは司も同じ気持ちだということ。
「おめでとう、りん」
「でも、私なんかが……」
「逃げちゃダメだよ? 私も、りんのことめっちゃ好きだもん。司さんが好きになるのわかるよ」
「彩愛はいい人だから」
「私はフツーの人間だよ。多分、司さんも。りんが思ってるような、身分違いの恋? 私は嫌いだな。同じこの世界で生きてるんだもん、上下はないでしょ」
「それはそうだけど……」
「りんが司さんを好きになったのは、役者だからじゃないでしょ? 人間として好きになったんだよね?」
「うん」
「それなら迷うことないじゃん。司さんが好きなら信じればいいんだよ。裏切られたとしても許せるくらい、好きなんでしょ? 別れるときのことなんか気にしてもしょうがないんだから。りんはもっと自分を信じるべきだよ」
「自分を信じる……」
「人を好きになるときって同情からの場合もあるけど、それはただのきっかけ。かわいそうだとか、申し訳ないとか、そんな気持ちは長く続かないの。ずっと続いていく気持ちを恋とか愛とかっていうんだよ」
彩愛が本気で話してくれていることが、スマホ越しに伝わってきた。
「わかった。ありがとう、彩愛。ちゃんと考えてみる」
通話を切ると、りんはこの世界に一人きりで取り残されているような気がした。拭えない不安をまぎらわせようとして、つい消し損ねてしまった『W ~ダブル~』を再生しそうになる。苦笑しながら、りんがリモコンをテーブルへ戻した。
どこに行っても司からは逃れられない。だとすれば自分にできることは一つしかないのだろう。
りんはまとまらない気持ちのまま、布団の上に倒れこんだ。




