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第四章 空を泳ぐ雲は橙色に染まる ~1/2~



「言ったろ、もう俺の役者人生は終わってる。未練もない」

「でも……」

「俺、手洗ってくるから」

 司もハナを追ってキッチンへと向かった。りんは自分がどうすればいいのかわからず、テーブルを背にしたまま立ちつくしていた。緊張してしまっているせいなのか、指先が冷たい。混乱した心を整理するため、りんは一度自室へ戻った。


 あんなに才能に満ちあふれている司が役者には戻らないという。そしてりんのことを好きだと。あまりにも突飛すぎて、どちらもすぐに受け入れることなどできない。


 部屋の中をうろうろしていると、りんのスマホが鳴った。液晶には『吉田りと』と表示されている。

「もしもし、りとです。こんにちは」

「こんにちは」

 りんとりとは仕事の関係で出会い、時々食事する仲だ。同年代であることと、名前が似ていることがきっかけで仲良くなった。

「チケットなんですけど、もし良かったら旦那さんも一緒にどうですか?」

「え?」


「吉田に頼んだら、ぜひお二人ともきて欲しいって」

「そうですか……ありがとう」

「あの、ヴォーカルのヒデくんが鈴谷さんと話したいそうなんです。もし時間があったら、お願いできませんか?」

 りとの夫はブラックガンビットのベーシストだ。ちなみにブラックガンビットは、ヴォーカル、ギター、ベース、ドラムから成る4ピースバンドである。


「わかりました、鈴谷に聞いておきますね」

 りんがもう一度お礼を言い、電話を切る。まとまらない頭の中をそのままにして、リビングへ戻った。

「鈴谷さん」

「ん?」

 くつろいだ様子の司は、リビングでドラマの再放送を見ていた。ハナはもう自分の部屋へ行ったのだろう。


「あの、ブラックガンビットのライブのチケット、取れました」

「マジで?」

「二枚なんですけど」

「良かった、りんも行くよな?」

「はい。あの、チケットを取ってくれた友人が、そのバンドのベーシストと結婚してるんです。ぜひきて欲しいって」

「そっか、良かった」


「ヴォーカルのヒデさんが鈴谷さんに会いたいそうなんです。話があるみたいで」

「へえ、なんだろ?」

「ダメなら断ります」

「いいよ、別に。減るもんじゃないし。俺はもう芸能人でもなんでもないし」


「本当にやめちゃうんですか?」

「やめるんじゃなくて、やめたんだ」

「そうですか」


「あれ、もう受け入れた?」

「だって、鈴谷さんの人生は鈴谷さんのものだから」

「今は半分はりんのものだけどね」

「え?」

「だって、結婚してるんだし」

「じゃあ、私の人生も半分は鈴谷さんのものですか?」

「そうなるね」


 司はまた子どものような顔で頷いた。そんなことを言われても、りんは申し訳ないと思うだけだった。もしここに司が残ることになり、このまま夫婦を続けていくとしたら……自分のようなでき損ない人間の半分を司に預けなければならないのだ。


「どうしたんだ、りん。具合悪いのか?」

「いえ、大丈夫です」

 そう答えてはみたものの、りんの心の中は「大丈夫」という平常心からはほど遠い状態だった。

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