第四章 空を泳ぐ雲は橙色に染まる ~本物~
三
「りん、ほらこれ」
昼食を終えると、司がCSの画面をりんとハナに向けてきた。そこにはきれいな白い孔雀が映っている。冠も尾も白く、大きく羽根を広げる姿はまさに本物のハナのような迫力があった。
「やっぱり『ハナさん』だけあるね。すごいじゃないか、司」
「すごいですね」
「だろ?」
司は時折一人で出かけるようになった。ハローワークにも通い始め、役者をやめるという宣言が現実になりつつある。
「今日からまた新しい鳥を育てようと思ってさ」
そこで、玄関のチャイムが鳴った。
「こんな時間に誰だろうね」
ハナがよっこいしょ、と立ち上がる。りんはそわそわしながら玄関を見つめた。
「アンタは……何しにきたんだい?」
「司を説得しにきました」
自信たっぷりな井ノ頭の声が、リビングまで届く。
「りんが電話したのか?」
司は、りんが井ノ頭へ連絡したのだと確信しているようだった。数日前、帰宅後にりんは井ノ頭に電話をかけた。司が元気になってきたことを告げ、連れ戻して欲しいと懇願したのである。
「はい、そうです」
「どうして?」
「鈴谷さんは役者に戻るべきだからです」
「司、少し話さないか?」
井ノ頭は玄関に立ったまま、司を呼んだ。もうこの家に上がるつもりはないらしい。
「わかった。ハナさん、りん、ちょっと行ってくるから」
「はいよ」
司は上着を取ると、家から出ていってしまった。
「どうして井ノ頭さんを呼んだんだい?」
リビングのテーブルに着いてお茶を飲んでいたハナが、りんに尋ねた。
「司さんが……私を好きだって」
「え?」
「多分、恩とか罪悪感とか、そういうのを勘違いしてるんだと思う」
「だから言ったっしょ。りんも司を好きなんだろ? 俳優じゃなくて、人として」
「うん。でも、司さんは役者に戻るべきだから」
「司は戻る気はないよ。覚悟を決めるのはりんのほうじゃないかい?」
「覚悟って?」
「この結婚を本物にする覚悟さ」
「は?」
「司もりんもお互いを好きなら、結婚を続けるしかないじゃないか」
「そんなことできない。ハナさんも知ってるでしょ? 私は男の人が……」
「わかってるよ。りんは司を怖いと思うことが、怖いんだ」
ハナがまっすぐにりんを見た。
「司が悪い人間じゃないことはわかってる。でも、りんは男の人が怖い。もし一度でも怖いと思ってしまったら、それはもう司を好きだってことだ。りんがその気持ちに答えたら、司の信頼を裏切ることになる、って考えてるんじゃないのかい?」
りんは何も答えられない。ハナが言っていることは、全て図星だったからだ。
「りん、アンタは……」
ちょうどハナがそう続けようとしたとき、司が戻ってきた。
「ただいま。どこまで話したっけ?」
玄関からリビングへと入ってきた司は、いつもと変わらない表情を浮かべている。
「新しい鳥の話だよ」
ハナが立ち上がり、キッチンへ向かう。
「井ノ頭さんは?」
りんが尋ねた。
「帰ったよ。俺は役者には戻らないから」
「そんな、どうして……」
困り果てたりんが聞く。




