第四章 空を泳ぐ雲は橙色に染まる ~もしも~
仕方なく、りんがその公園へ車を走らせた。活火山とその火山活動からできた三つの沼で形成されており、公園散策だけでなく、様々なアウトドアも楽しめる場所だ。公園の中の紅葉は国道沿いの樹々よりもカラフルに色づいていた。きっと朝晩の気温差の違いなのだろう。
りんと司は入り口にある広い駐車場に車を置き、公園までの道のりを歩いた。外国人観光客の団体、キャンピングカーから降りた家族連れ、レンタルした自転車をこいでいるカップル。ボート乗り場は行列ができており、おみやげ物屋の前にもたくさんの人が行き交っていた。
「冬は白鳥も見られるんだろ?」
「はい。毎年飛来します」
「今日はちょっと人が多いから、また今度一緒にこよう」
りんは司の提案に乗ることができない。
「氷祭りだっけ、それも見てみたいし」
人並みの合い間に、美しい紅葉が顔を覗かせている。
「あのベンチに座らないか?」
「もう帰りましょう」
「いいからいいから。ちょっと話したいんだ」
釣り堀周辺の観光客はまばらで、近くにあるベンチには誰もいない。先ほどの喫茶店よりも司との距離が近くなったような気がする。
「きれいですね」
空の青色と紅葉の赤色、黄色、茶色。その光景に、りんがつい目を細めた。
「りんのほうがきれいだけどね」
思いがけない台詞が耳に入り、りんは鬼のような形相で司を見やった。
「いや、それ、どんな表情?」
司がお腹を抱えて笑っている。落ち着かない間を持て余したりんが、司から視線を外した。
「俺さ、ここにきた頃、部屋の天井ばっかり見てた。模様全部覚えちゃったよ。天井とネットの誹謗中傷の往復。いくら寝ようとしても眠れないし、やっと眠れたと思ったらうなされて悪夢ばかり見るし。起きたら起きたでまた手持ち無沙汰になって、結局スマホ開いちゃうし。本当に絶望してた」
司が何を言いたいのかわからず、りんは黙って頷くしかなかった。
「けど、りんが……りんとハナさんがずっと良くしてくれたから、その優しさにすくわれたんだ。あさ美がきたときもそうだった。二人がいなかったら、多分立ち直れなかったと思う」
空から落ちてきた紅葉が一枚、司の肩に乗る。
「りん、毎日わざとポジティブな話ばかりしてくれてたよな。それで、徐々に誰かと話したくなって……食事もそう。毎日運んでくれてありがとうな」
「作ったのはハナさんですから」
「でも、男の人が苦手なのに。きっと辛かったよな」
司が何も食べられず日々やつれていくことに、りんは何度か憤りを覚えた。しかし、どんなに無視されていても、会話が成立しなくても、食事を運ぶことそのものを辛いとは感じなかった。
「俺に生きる許可をくれたのは、りんだ。だから責任取れよ」
「責任ですか?」
「うん」
「そんなこと言われても、困ります」
りんの中に司と生きる道はない。もしも普通の人生を歩んでいたら……りんがまた意味のないことを考える。
温かい家族に恵まれ、どこにも傷などなく、友人や仲間がたくさんいて、誇れる自分を持っていたのなら。司の気持ちをまっすぐに受けとめることができただろうか。
いくら考えても、別の人生は選べない。答えは「否」だ。
「少し寒いです」
りんはまた嘘をついて、ベンチから立ち上がった。
「そっか、ごめん、気づかなくて」
司が自分の上着を脱いでりんに渡した。
「大丈夫です。もう帰りませんか?」
「いいから着て。車に戻ろう」
「ありがとうございます」
司の優しさが、りんの涙を誘った。唇を噛んでその激情をやり過ごす。りんは司の上着を羽織ったまま、車のエンジンをかけた。




