第三章 切られた翼で空を仰ぐ鳥 ~ヒーロー~
「スーパーはいくつある?」
「三つですね。今日は卵が一番安いところへ行きます」
「了解。そっか、新聞取ってたらチラシがきてるんだよな」
「新聞は取ってませんよ。今はスマホにも届きますから」
「え、そんな便利な時代になったの?」
「LIMEを登録するだけです」
「そうなのか、知らなかった」
瞳を丸くして、司が驚いている。りんは思わず笑ってしまった。
「笑うなよ。だって知らなかったんだから、仕方ないだろ」
「そうですけど……すみません」
「どれだけ世間ズレしてたんだ、って話だよな。良かった、ここにきて」
笑顔の司を見て、りんがどきりとする。演技ではない、本当の気持ちのようだった。もし、司がここに残るとしたら……そんなことはありえない。けれどもし、役者への未練が一ミリメートルもなかったとしたら……。
最も野菜の品ぞろえが豊富なスーパーの駐車場に入る。土曜日だからなのか、そこはほぼ埋まっていた。
「混んでるんだな」
「ええ、土曜日ですし」
りんが後部座席に入れていた鞄とエコバッグを取り出す。
「あ、エコバッグ?」
「はい」
二人はスーパーの入り口へ向かった。
「りんちゃん?」
玄関フードにあるカート置き場の前にたどり着いたとき、背後から声をかけられた。
「隆さん」
そこにいたのは、野間口の孫・太田隆だった。隆はりんより一つ年上で、同じバツイチだ。違うのは子どもを二人育てていることで、今日は三才になる陸を連れていた。
「こんにちは、りんちゃん」
「こんにちは、陸くん」
「もしかして旦那さん?」
「鈴谷司です。こちらは野間口さんのお孫さんの太田隆さんと、息子さんの陸くんです」
「初めまして、太田です」
「りくです、さんさいです」
りんが司に紹介すると、隆と陸が頭を下げた。同じように司も会釈を返す。
「みてみて、りんちゃん。これパパにかってもらったんだ」
陸の手には、ヒーロー戦隊のパッケージに包まれたチョコレートが握られている。
「わあ、かっこいいね」
「たべるとね、レッドになれるんだよ。パパみたいに」
「陸くんのヒーローはパパだもんね」
「うん!」
「今日は卵安いよ。またりんちゃんのオムライス食べたいよな、陸」
隆が陸を抱き上げながら言った。
「うん、たべたい!」
「じゃあ、また遊びにきて下さい。ハナさんも喜ぶし」
「ありがとう、りんちゃん」
「またね、りんちゃん」
ぶんぶんと手のひらを振っている陸に向かって、りんが笑いながら手を振り返す。二人は手を繋いで入口から出ていった。振り返ると司はカートにカゴを乗せ、すでに豆腐売り場まで進んでいる。
「あ、待って下さい」
慌てて駆けつけると、司は怒っているようだった。
「どうしたんですか?」
「卵買うんだろ」
「はい」
「子ども、好きなんだな」
「子どもは嘘つかないですから。少なくとも計算しないので」
「ふーん」
頷く司は、眉をしかめたままだ。わけがわからないりんが首を傾げる。結局、会計を終えて車に乗ってからも、司は不機嫌なままだった。
「あの隆って人さ」
町を出る交差点に差しかかったところで、司がふいに口を開いた。
「はい」
「なんかいい人っぽいな」
「いい人ですよ」
「好きな人ってあの人?」
突然の司の質問に、りんが目を丸くする。
「違います」
「違わないだろ」
視線を合わせないまま、司が唇を尖らせる。ここで肯定しておけば、りんの好きな人は隆だということになるのだろうか。
「いい人だから、幸せになって欲しいです」
りんが言葉を濁す。




