第三章 切られた翼で空を仰ぐ鳥 ~許可~
司が息をのんだ。
そこには古ぼけた子ども用の机が置かれており、その棚には卒業文集やアルバム、日焼けしたマンガ雑誌などが並べられていた。他には何もない。ただその木製の机だけが時間を止めたまま存在していた。すうっと机へ近づくと、司は一冊のアルバムに手を伸ばした。
「私、出ましょうか?」
「いや……ここにいてくれ」
喉から出た司の声はふるえている。表紙はピンク色で、赤ちゃんのイラストが描かれていた。真ん中に白いシールが貼られており、そこには『なりちゃん』という手書きの文字があった。それだけで、アルバムの中の人物が愛されていたのだとわかる。
何枚かページをめくると、小さななりを抱えた若い頃のハナが笑っていた。りんが思わず口元を押さえる。
「母さん……」
司は泣いていた。もう涙をこらえる様子はない。どうして涙は枯れないのだろう、とりんが余計なことを考えた。
一冊目のアルバムは全て赤ちゃんの頃のなりだった。二冊目は三才までの、三冊目は幼稚園の、四冊目と五・六冊目は小学生のなりだ。順番に開いていた司が七冊目のアルバムを手に取る。ここでなりは中学生になった。
「母さんは結婚を反対されたから家を出たと言ってた。ハナさんが父さんの女癖が悪いことを見抜いていたって。結局、母さんは結婚せずに一人で俺を生むことを決めて、そのときにハナさんには二度と合わせる顔がない、と思ったみたいだ」
「そうだったんですか」
「もしハナさんともう一度会えてたら、母さんは死なずに済んだのかな」
「私にはわかりません」
「……そうだな。ごめん、それは俺の願望だな」
「今からでも間に合います。家族になるのに遅いということはないみたいなので」
「そうかな?」
「そうです。私がここへきたときもそうでした。ハナさんは家族を大切にする人なんです。だから鈴谷さん、絶対に死んじゃダメですよ」
「俺、生きてていいのかな」
司が涙を拭いながら言う。
「生きるのに誰かの許可が要りますか?」
「神さまとか?」
「じゃあこういうのはどうです? りんさまが許可しますから、生きて下さい」
七冊目のアルバムを棚へ戻すと、司はりんに向かって手を伸ばした。心の準備ができていなかったりんの鼓動が速くなる。司はそっとりんの手を取り、
「俺、もう少し生きてみるよ。ハナさんと君に泣かれるのは嫌だから」
と笑った。りんの胸が温かく脈打つ。
「ありがとうございます」
りんは自分の笑みを止められなかった。二人の視線が絡み合う。
「りんって呼んでもいい?」
「ダメです」
司はなかなかりんの手を離そうとしない。
「俺も司でいいから」
「嫌です」
「りん」
握られている手を無理矢理振りほどいて、りんは開かずの間をあとにした。




