第三章 切られた翼で空を仰ぐ鳥 ~命~
まるで能面を貼りつけたような顔つきで、司が呪いの言葉を吐き出す。どのような状況も覚悟していたとはいえ、りんの心は一瞬でずたずたになった。どうやって立ち直ろうか、そればかりを何度も考える。
「私、鈴谷さんのために人生まで棒に振らなければならないんですか? 刑務所へは行きたくありませんし、ハナさんだってここではくらせなくなるんですよ。それでもやれと?」
りんは自分を奮い起こしながらそう答えた。
「俺にはもう何もないんだ。だから……」
「命があるでしょう」
「命?」
「命だけは人間に等しく与えられる唯一のものです。だから誰かが奪ってはいけない。私がハナさんから教わったことです」
「俺の気持ちは君にはわからない」
「ええ、私は鈴谷さんじゃないですから、気持ちなんかわかりません」
「俳優としての居場所なんか、どこにもないんだ」
「人間としての居場所なら、ここにあります」
「母親には自殺されて、そのあと一緒にくらした父親は一度も俺を見なかった。結婚するはずだった恋人に浮気されて、信じていた先輩は亡くなった」
「両親は一度も私を見てくれなくて、祖父母がいなくなってからはずっと一人ぼっちでした。就職してから一人ぐらしを始めて、結婚相手と知り合ったんです。幸せになれると思ったのに結局ダメになって、人生に絶望しました。ハナさんと再会するまでは親友のためだけに生きていたんです」
司はもうりんと視線を合わせようとはしなかった。もしかしたら、また心を閉ざしてしまうのだろうか。深入りしすぎてしまっただろうか。でも、手の届かない場所へ行こうとしている司を引き留めるためには、これしか手段がない。
一瞬の迷いの間に、司がするりとりんの横を通り抜けていく。
「待って下さい」
勢い良く階段を降りた司は、りんを無視してそのまま玄関から出ていってしまった。町へ買い物に行っているハナはまだ帰ってこない。靴箱からスニーカーを取り、りんが走り出す。運動は決して得意ではないが、今は自分しか司を止めることができない。
右を見ても左を見ても司の姿はどこにもなかった。
りんが一度リビングへ戻り、車の鍵ともう一つハナから預かっていた古い鍵を手にする。司はここにきてから一度も歩いて外へ出かけたことがない。つまり、行き来しているのは左の道だけだ。そちらは町へ行くための道路である。
もし自分が司だったら、町とは逆の道へ向かうだろう。そちらは山の奥へと続く道だ。そう決断して、車のエンジンをかけた。
りんはあまり運転が得意ではない。しかし、一人のドライブは好きだった。家の前の分岐路を右に曲がり、ゆっくりとした速度で進んでいく。暗くなる前で良かった、とりんが思う。すぐに司の背中を発見した。食事を摂らない間にまた痩せてしまったようだ。
「待って下さい!」
りんは司の後ろに車を止めて、運転席から飛び出した。




