第三章 切られた翼で空を仰ぐ鳥 ~来客~
二
あさ美がここへやってきてから一週間が過ぎた。司は表面上は変わらないように見えたのだが、再び食事を残すようになっていた。笑顔もほとんどなく、会話が成立しないこともある。寝ながらうなされているときもあり、りんは気が気ではなかった。おそらく、母親が亡くなるシーンを夢の中で何度も繰り返しているのだろう。
今日は日曜日で、りんが昼食を作っていた。メニューはハンバーグと野菜サラダとコーンスープだ。昼食を重めのメニューにして、夕食は軽いものをとるほうが体にはいいらしい。あいびき肉をこねているとき、玄関からチャイムの音が聞こえた。
「はーい」
ハナがキッチンから廊下へと出る。
「こんにちは」
重低音の声はキッチンにまで届き、りんがすぐにその主を思い描いた。
「アンタは……」
「一ノ瀬サンは?」
「上で寝てるよ。用事があるなら私に言うんだね」
「お邪魔しても?」
「いいよ。ただし、声は小さめに頼むよ」
桐山が廊下を歩いてきた。りんが手を止めて、ビニール手袋を脱ぐ。来客用の湯呑み茶碗とハナのマグカップを取り出し、急いで二人分のお茶を用意した。
「長いこと記者をやってきましたが、今回ばかりは疲れてしまってね。人の欲はどこまで深いのかと、あきれてしまいました」
「どういう意味だい?」
「私は今日、ここへくるつもりじゃなかったんです。しかし、ある人に記事を書くように頼まれてしまった。一ノ瀬サンが二度と復帰できないようにして欲しいと」
「は?」
あきれるハナと無表情の桐山の前に、りんが緑茶を置く。頭を下げてリビングから出ようとすると、
「奥サンも聞いてくれませんか?」
と桐山が言った。りんは仕方なく、その場にひざをついた。
「先方はよほど一ノ瀬サンが嫌いなようで、内容は問わないと言ってます。私はガセ記事は書かない主義なのでね、どれだけ金を積まれても。断ったら、今度は別の記者に依頼したらしいんです。たまたま私の知り合いだったもんで、止めることはできましたが」
「もしかして、森あさ美の不倫相手かい?」
桐山はハナの質問には答えない。
「私は一度も嘘を書いたことはないんです。そのプライドだけで記者をやってきた。どんなにエグい内容でも必ずウラを取る。そうすれば、例え三流の記者でも一流に好かれるようになるんです」
台本を読んでいる俳優のような口調で、桐山がそう繋いだ。
「私が一番嫌いなのは、記者を自分のもののように扱う三流です。自分で一流だと言いながら、平気で三流の行動をする。しかも、それこそが芸能界だ、と思っている輩はいまだに多い」
桐山が何を言いたいのか、りんにはわからなかった。




