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第二章 愛の唄を奏でるコスモスは ~傷~



  七


 翌朝、りんがシャワーから出ると、司が首にタオルを巻いて脱衣所へ入ってきた。

「あ、ごめん」

「いいえ、もう出ますから。大丈夫です」

 りんは半袖のTシャツを着て、ジーンズを履いている。一緒にくらすからには、こういう鉢合わせもあると想定はしていた。


「その傷……」


 しかし、司に一番隠したかった秘密を知られてしまった。左腕にある大きな火傷の痕。今でもまだりんを苦しめる、重大な機密事項だ。


「火傷です。ちょっとうっかりしていて」

「それってケロイドじゃないのか?」

「そういう体質なんです」

 司の質問に答えながら、呼吸がしにくくなってくるのがわかる。

「痛くないのか?」

「ええ、もう大丈夫です」


 りんは適当に相づちを打ちながら、逃げるようにその場を去った。部屋へと急ぎ、ふすまを開けて体をすべり込ませる。自分の心臓の鼓動が耳に響いていた。


 この世界には自分一人しかいない、という錯覚。


 左手で胸を押さえ、ゆっくりと呼吸を整える。落ち着いてくると、りんはまるでラブコメマンガのような鉢合わせだったな、と考えることができた。いつかこのシーンが笑い話になればいい。


 りんは小さい頃から傷が治りにくい体質で、五年以上経過しているこの痕が消える気配はなかった。天候が悪い日や季節の変わり目に何度も何度も痛みがおそってくる。それはこの傷がついた、あの悪夢の日を忘れないことと同意だった。痛む火傷の痕にケロイド用の薬を塗り、仕事用の化粧を施す。手早く着替えを済ませ、部屋を出た。


 りんがリビングのドアに手をかけたとき、中からハナの声が聞こえた。


「アンタはりんに興味がないんだろ? だったら詮索しないことだ」

「だけど……」

「言っただろ、最初に。りんに踏み込まないことと、怖がらせないこと。この二つを約束したはずだよ」

「その約束とあの傷痕と、何か関係あるの?」


「司、あんたたちは偽装結婚なんだ。りんがどんな覚悟で結婚を承諾したか、ちゃんとそれを考えな」

「そっか……そうだな。ごめん、ハナさん」

 司がお風呂場へ向かうのがわかる。ドアを開けて、りんがリビングへ入った。


「さ、食べようか。司はお風呂だから、今日は私が運ぶよ」

「うん、ありがとう、ハナさん」


 何も聞こえなかったフリをしながら、りんが頷いた。小さい頃から興味がないフリをするのだけは得意だった。こちらが興味を持たなければ、踏み込まなければ、干渉されることもない。りんはそうやって自分を保ってきた。誰にも守ってもらえなかったから、そうするしかなかった。


 ハナと再会してからは忘れていたたった一つの特技を、司にも適用しなければならないかもしれない。もしそれができなければ、りんは深く傷つくことになるだろう。何も期待などせず、今まで通り小さな幸せを守りながら生きていけばいい。


「りん、どうしたんだい?」


 りんは箸が動かなくなるくらい深く、司のことを考えてしまっていた。

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