表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/70

第二章 愛の唄を奏でるコスモスは ~ゲーム~



 まっすぐに帰宅すると、りんは手洗いとうがいを済ませた。辺りはこんがりとした夕焼け色に染まっている。CSの充電はまだ終わっていなかった。本体上の赤ランプが緑色に変われば充電完了だ。


「ハナさん、ちょっといいかな」

「なんだい?」

 ハナがリビングのテレビを一時停止した。きれいな女優さんが追い詰められた表情で固まっている。どうやら、海外ドラマのDVDを観ていたようだ。


「あのね、これ。鳥を育てるゲームなんだけど、司さんに渡してみようと思うんだ。ちゃんとエサをあげないと育たないらしくて。どんどん別の鳥になっちゃうみたい」

「みくりちゃんがハマってるやつかい?」

「うん、そう。きっと育ててくれると思うんだけど……どうかな?」


「そうか、日課を作るんだね。だったら庭掃除もやってもらおう。雨の日は休めるし、そんなに広くないから一人でも十分だし。その鳥、名前はつけられるの?」

「うん」

「じゃあ『ハナ』にしてよ。それならエサをやらないわけにはいかないだろ」

「なるほど。ハナさん、天才?」

 二人で立てた作戦・その二を実行するため、りんは司の元へ向かった。


「あの、鈴谷さん。このゲーム、お隣のお孫さんから預かったんですけど」

 ぼんやりとしている司に向かって、りんが説明した。嘘をつくときはいつも緊張してしまう。


「お母さんから勉強するように言われて、ゲームができなくなったらしいんです。鳥を育成するゲームなんですけど、毎日エサをあげないと弱っていくみたいで」

 きちんと話せているだろうか、とりんが不安になる。


「名前をつけた時点から、ゲームの中の時間が進んでしまうんです。私は時間通り帰れない日もあるので、ちゃんと育てられないかもしれないし……鈴谷さん、お願いできませんか?」

「いいよ、別に」

 司はあっさりと頷いた。

「いいんですか?」

「君がスマホ教えてる人のお孫さん?」

「そうです、みくりちゃんて言うんですけど」

 ハナが教えたのだろうか、とりんが思う。


「みくりちゃんがトラウマになったら困るから、ちゃんと育てる」

「じゃあ、お願いします。名前は『ハナ』なので」

「ハナ?」

「みくりちゃん、ハナさんが大好きなんです」

「ちょっとプレッシャー感じるな、それ」


「これが本体で……」

 説明しようとすると、司が手のひらをこちらに向けた。どうやら「ストップ」の意味を持つようだ。

「CSは前に持ってたから、操作方法くらいは知ってる」


「ゲームするんですか?」

「少しな。以前、ゲームの吹き替えしたこともあるし」

「え、そうなんですか……あの、充電器もあとで持ってきますね」

 司を応援していた五年の間に一度も聞いたことがない情報だった。りんはその驚きよりも、司が快く引き受けてくれたことに胸を踊らせた。


「じゃあ、失礼します」

「初めてだな、食事以外でここへくるの」

「そうでしたっけ?」

 とぼけてみせるが、もちろんりんはそれに気がついている。

「明日から、庭の掃除もやってみる」

「そうですか」


 静かにふすまを開いて、りんが部屋を出た。たとえ小さな出来事でも、日課を作ることで気分転換ができたらいい。りんはここへきたその日にハナから家事の分担を頼まれた。空き部屋の維持管理が主であったが、和室の掃除はなかなかにやりがいがある。頭を真っ白にして取り組める日課は、疲れているときにいい効果をもたらすようだ。


 絶望の淵から生きることに目を向けるようになったりんは、今もここにいる。


 もちろん、司とここで一緒にくらすことはできないが、りんと同じように再生への道を探して欲しい。遠くて長い道のりかもしれないが、司はきっと立ち直れる。りんは自分にそう言い聞かせながら、階段を降りていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ