第二章 愛の唄を奏でるコスモスは ~ゲーム~
まっすぐに帰宅すると、りんは手洗いとうがいを済ませた。辺りはこんがりとした夕焼け色に染まっている。CSの充電はまだ終わっていなかった。本体上の赤ランプが緑色に変われば充電完了だ。
「ハナさん、ちょっといいかな」
「なんだい?」
ハナがリビングのテレビを一時停止した。きれいな女優さんが追い詰められた表情で固まっている。どうやら、海外ドラマのDVDを観ていたようだ。
「あのね、これ。鳥を育てるゲームなんだけど、司さんに渡してみようと思うんだ。ちゃんとエサをあげないと育たないらしくて。どんどん別の鳥になっちゃうみたい」
「みくりちゃんがハマってるやつかい?」
「うん、そう。きっと育ててくれると思うんだけど……どうかな?」
「そうか、日課を作るんだね。だったら庭掃除もやってもらおう。雨の日は休めるし、そんなに広くないから一人でも十分だし。その鳥、名前はつけられるの?」
「うん」
「じゃあ『ハナ』にしてよ。それならエサをやらないわけにはいかないだろ」
「なるほど。ハナさん、天才?」
二人で立てた作戦・その二を実行するため、りんは司の元へ向かった。
「あの、鈴谷さん。このゲーム、お隣のお孫さんから預かったんですけど」
ぼんやりとしている司に向かって、りんが説明した。嘘をつくときはいつも緊張してしまう。
「お母さんから勉強するように言われて、ゲームができなくなったらしいんです。鳥を育成するゲームなんですけど、毎日エサをあげないと弱っていくみたいで」
きちんと話せているだろうか、とりんが不安になる。
「名前をつけた時点から、ゲームの中の時間が進んでしまうんです。私は時間通り帰れない日もあるので、ちゃんと育てられないかもしれないし……鈴谷さん、お願いできませんか?」
「いいよ、別に」
司はあっさりと頷いた。
「いいんですか?」
「君がスマホ教えてる人のお孫さん?」
「そうです、みくりちゃんて言うんですけど」
ハナが教えたのだろうか、とりんが思う。
「みくりちゃんがトラウマになったら困るから、ちゃんと育てる」
「じゃあ、お願いします。名前は『ハナ』なので」
「ハナ?」
「みくりちゃん、ハナさんが大好きなんです」
「ちょっとプレッシャー感じるな、それ」
「これが本体で……」
説明しようとすると、司が手のひらをこちらに向けた。どうやら「ストップ」の意味を持つようだ。
「CSは前に持ってたから、操作方法くらいは知ってる」
「ゲームするんですか?」
「少しな。以前、ゲームの吹き替えしたこともあるし」
「え、そうなんですか……あの、充電器もあとで持ってきますね」
司を応援していた五年の間に一度も聞いたことがない情報だった。りんはその驚きよりも、司が快く引き受けてくれたことに胸を踊らせた。
「じゃあ、失礼します」
「初めてだな、食事以外でここへくるの」
「そうでしたっけ?」
とぼけてみせるが、もちろんりんはそれに気がついている。
「明日から、庭の掃除もやってみる」
「そうですか」
静かにふすまを開いて、りんが部屋を出た。たとえ小さな出来事でも、日課を作ることで気分転換ができたらいい。りんはここへきたその日にハナから家事の分担を頼まれた。空き部屋の維持管理が主であったが、和室の掃除はなかなかにやりがいがある。頭を真っ白にして取り組める日課は、疲れているときにいい効果をもたらすようだ。
絶望の淵から生きることに目を向けるようになったりんは、今もここにいる。
もちろん、司とここで一緒にくらすことはできないが、りんと同じように再生への道を探して欲しい。遠くて長い道のりかもしれないが、司はきっと立ち直れる。りんは自分にそう言い聞かせながら、階段を降りていった。




