第二章 愛の唄を奏でるコスモスは ~祝福~
六
その翌日、りんはハナの家の真向かいに位置する早見家にいた。
「りんちゃん、結婚おめでとう」
一瞬、りんはなんのことを言われているのかわからなかった。テーブルの上にホールのチョコレートケーキが飾られている。その中央には「りんちゃん結婚おめでとう」と書かれたホワイトチョコレートのプレートがあった。小さなピンクのバラが、デコレーションの中にちりばめられている。
そうだ、私は結婚したのだ、とりんは思った。
「ありがとうございます」
就職と同時に家族の縁がなくなった自分にも、今はこうして祝ってくれる人がいる。やはりここへきて良かった、とりんは胸を熱くした。
「りんちゃん、おめでとう」
「良かったな、りんちゃん。幸せになるんだぞ」
早見の孫であるみくりと、ハナの家の隣に住んでいる野間口も同席していた。どちらも満面の笑顔を浮かべ、最大の拍手を贈ってくれている。りんの中に、騙してしまって申し訳ない、という気持ちが浮かんだ。
スマホの操作方法を教えて欲しいと頼まれてから、りんは半年近く早見家に通っている。入籍する以上、結婚を内緒にしておくわけにはいかないだろう。
「ありがとうございます」
「旦那さんはすごいイケメンだって?」
早見が目を細めた。
「ちょっと今、体調を崩してるんですけど」
「良くなったら紹介してね」
「やるな~、りんちゃん」
腕組みをしながら、野間口が頷く。
「当然だよ、りんちゃんはきれいな上に優しいんだから。誰だって夢中になるわ」
「うんだよな、今時の若い人にしたら珍しいわな」
「そんなことないです」
いつも手放しでほめてくれる二人が、りんは大好きだった。
「りんちゃん、一緒に遊ぼ!」
みくりがりんの手を取る。
「うん、いいよ。ケーキも一緒に食べようね」
「わーい」
両腕を上げて喜ぶみくりはとてもかわいらしい。兄弟姉妹がいないりんは、自分より年下の子どもと遊んだことがなかった。しかし、りんになついてくれているみくりと接しているうちに、苦手意識は薄れてきていた。
「見て見て、りんちゃん。これ、中之島さん。かわいいでしょ」
みくりはいち早くスマホの操作を覚えてしまい、ついにはゲームまでできるようになった。みくりがかざした液晶画面には青い鳥が表示されている。インコと同じデフォルトだが、頭に長いトサカがあった。どうやら鳥を育成するゲームのようだ。
「ちゃんと毎日ご飯あげないと、大きくなれないんだよ」
「私たちと同じなんだね」
「うん、そうなの。みくり、ちゃんと毎日違うご飯あげたよ」
「すごいね、みくりちゃん。だからきれいな鳥さんになったんだね」
「えへへへ」
りんはそこで、一つのアイデアを思いついた。
「ね、みくりちゃん。このゲームのアプリの名前、わかる?」
「うーんとね……あ、CSでも出てるんだって」
「そうなんだ」
CSとは、二つ折りになっている両手のひらほどのゲーム機で、プレイ画面と操作画面が上下に表示される仕組みだ。プレイ画面を見ながら操作画面をタッチすることで、様々な種類のゲームが体験できる。りんが唯一持っているポータブルゲーム機だった。
帰宅後、りんは早速CSに白い充電器を取りつけた。しばらく起動していなかったのだが、新品を購入したばかりなのでまだまだ使えるはずだ。
「ハナさん、私、買い物に行ってくるね」
「はいよ」
ハナはテレビを見ているようだった。上着も取らず、りんは車へと急いだ。
今でもりんは、岡田の暴言を見て見ぬフリをしようとした自分が許せない。あのときすぐに家を出ていれば、ハナに迷惑をかけることもなかった。何度も自分で自分を裏切ってきたのだから、これからはなるべく心のままに行動しよう。
町の入り口に当たる大きな交差点に着いたとき、りんは自分が今まさにこのような場所にいるのではないか、という不安に駆られた。
目の前の信号は赤色に点灯している。青色に変わるのを待ち、そこを左に曲がった。町道を進み、いくつか並木道を越えると、目的のレンタルショップの看板が見えてくる。レンタルDVDやCD、本やゲームソフトなどの販売を行っているお店だった。りんはみくりがダウンロードしているアプリのCS版ソフトを購入した。




