クラス転移 3
ーーー安野英理 視点ーーー
前世の私はエリー=アノンと言い、とある王国の貴族の生まれだった。
貴族の家に生まれたけど、結局家は没落してしまった。
家族は復興を目指してまた頑張るようだけど、私は貴族社会にも馴染めなかったので、一人森の庵に引きこもる事にした。
魔法を使える私は特に生活に困る事も無く、暇を持て余していた頃に一人の孤児を拾った。
軽い気持ちで拾ったと言うのに、私の生活はすぐにその子を中心に回るようになってしまい、慌ただしいながらも楽しい日々が始まった。
商人の息子だったと言う少年は私が教える事を次々と吸収していき、剣の腕も見る見る上達していった。
一緒に森で狩りをして、近くの村に薬草なんかを売り、たまに遠くの街へと遠出をする。
段々と成長していく少年に少しだけドキッとする事も有ったけど、少年の方が私にゾッコンだった。
これは絶対に間違いない。あの子はいつも普通に話しかけて来たけど、絶対に内心ではドキドキだったはず。
逆に私は少し怪しい口調の時は有ったけど、心は常に平常心だった。うん。これも間違いない。
今思い返すと何とも甘酸っぱい感じがするけど、当時はいつも幸せだった。
日本に生まれてからもたまに思い出して幸せ成分を補給していた位だ。
最後はちょっと残念な形で別れちゃったので、今でもたまに気にしていた。
前世の話なので今会った所でどうとも思わないだろう。
でも刷り込みのような形で好みのタイプになってる気もする…。注意が必要だ。
「そういえば、貴女。リースヴァルト様に名前を聞かれていたけど、何かしたの?」
昔の事を考えていたら、急に話を振られてしまった。
質問して来た彼女は平良清美。
10年程前にこちらにやって来たらしい。
そして驚く事に、地球で奇跡の歌姫として有名だった『セイラ』本人だ。
一年ほど前に見なくなったけど、こちらに来ていたとの事だ。
時間の流れにズレが有るらしく、こちらの方が時間の進みが速いらしい。
「何もしてないと思います…。ここがどこか質問しただけです。」
『リースヴァルト』様は先ほどまで広間に居たダークエルフの騎士だ。
今は異世界人同士交流すると良い、と言って席を外している。
「そう…。貴女は大丈夫そうだけど、皆態度には気をつけてね?貴方達は客人として扱われているけど、あくまでそれは契約に基づいたモノ。この国が好意でやってると思った方が良いわよ。」
彼女は既にこの国の一員として働いているらしい。
たまに来る反抗的な異世界人には皆困って居るみたいで、私達にも注意を促してくる。
「それは…ウチのクラスの中にも危なっかしいのが居るのですが…。」
学級委員長の毛利冴香さんが申し訳無さそうに話す。
彼女は何も悪い事をしていないが、責任感が強いのだろう。
「あー…。今回は居るのかー…。これだけ数が居れば仕方無いのかなー…。」
平良さんが天井を見つめている。
いつの間にかシャンデリラが現れており、淡く光る液体がガラスの中を流れている。
「君達は影響されないようにね。被害は最小限に済ませましょう。」
「ひ、被害ですか…?私は教師として皆を守る立場に有ります。り、理不尽な事をされるのでしたら、ゆ…許しま…せんよ。」
先生が鋭い目つきで平良さんを睨む。
でも平良さんの迫力に負けて、次第に声が小さくなっている。
「理不尽な事なんてしないよ。この国の法に従って裁かれるだけ。と言うか私達としてもそんな事になって欲しく無いんだよね。」
折角多くの異世界人が築いて来た信頼を損ねてしまうので本当に困っているらしい。
この国の住民よりも定住している異世界人の方がそう言う厄介者を嫌っており、早めに処罰すべきだと言う意見も多いと言う。
「でも外から何か言われて態度を改める人も少ないって聞いてる。大体そう言う人達は破滅に向かっていっちゃうんだって。だから先生も深く悩まないでね。」
もう決定事項のように平良さんが話している。
私としてはアイツらがどうなろうと気にしないけど…。
「何とか…頑張って話を聞いて貰います。」
先生が頑張ろうと言うのだ。放っておく事は出来ないと思う。
「この広間、大変素晴らしいですわね。不可思議な物も多数有りますが、どれも美しいです。電子世界でも滅多にお目にかかれない程の芸術品ですわ。」
先生の言葉に感動していると、突然一人の女生徒が話し出した。
足利麗羅さん。学園では足利財閥のご令嬢という事で有名だった人だ。
遠くに視線をやってると思ったら、そんな事を考えていたのか。
「ホント!?足利さんにそう言って貰えるなら皆喜ぶよ!ここの広間のオブジェは異世界人達が作ったモノなんだよ!」
軽い自己紹介をしたので平良さんも足利さんの出自を知っている。
あんなに喜ぶなんて、良い人なんだと安心する。
「地球では見た事無いタイプの作品ですわね。どんな方が作ったんですの?」
二人で芸術談義に花を咲かせている。
平良さんはこちらでも歌手として活動していて、芸術関連で繋がりが有るとの事だ。
「うーん…。ぼくはどうしようかなー…。スポーツとか有るの?」
島津日向さんが頭の後ろで手を組み、天井を見上げながら呟いている。
彼女は学園で運動部に所属していた。
電子世界と現実世界をリンクさせたスポーツで、サッカーをしていたはずだ。
肉体への負荷が現実の体にフィードバックされる為、運動不足解消にも役に立つ。
「スポーツかー…。サッカーや野球なんかは一応有るけど、余り人気では無いかなー。異世界人達が趣味でやってるくらい。鍛えるなら皆ダンジョンに潜るからねー。」
足利さんとの話を止め、平良さんが答えてくれる。
(ダンジョン…。有るんだ…。)
定番と言えば定番だ。
電子世界でのダンジョンアタックは地球でも流行っていた。
スポーツと違ってやる人は限られているけど、私達くらいの年代の男子は結構やってる人が多かったはずだ。
「ダンジョン!?」
「有るのか!これで俺の時代が…!」
「タンクヒーラーの時代が来るかよ!」
他のグループでもダンジョンの話をしているみたい。
あちこちで男子が騒いでいる。
「ダンジョンかー…。こっちのダンジョンってどうなってるの?やっぱり死んだら本当に死んじゃうの?」
島津さんが質問しているが、確かに気になる所だ。
地球ではあくまで電子世界だけの話で、五感の共有はかなり厳しい制限が有った。
痛みなどを一部フィードバックするゲームも有ったらしいが、私は見た事も無い。
「本当に死ぬのが殆どだけど、地球みたいに死なないのも有るよ。って言うか君達はまだそっちにしか潜れないわね。」
「有るんだ…。」
質問した島津さんが驚いている。
私もビックリだ。一体どうやっているんだろう。
「あ、あの…。チートを与えるってリースヴァルト様が言ってましたけど、あれって…どう言う意味何ですか?」
優も会話に参加して来た。
確かに。私も気になっていたのよね。
「もうそこまで聞いてたんだ。この後、明日とかになるのかな?玉座の間で君達に再度確認を取るのよ。今後どうするかのね。それでそのまま国に住むなら特別なスキルやギフトが与えられるわ。」
スキルはゲームの魔法みたいな事が出来るようになり、ギフトは身体能力の上昇やその他様々な加護が有るらしい。
「私はギフトで『歌姫』を貰って、癒しの歌と輝きの歌って言うスキルを貰ったわ。地球に居た頃よりもずっと上手くなってるから、今度聞いてね。」
「ワタシ、『セイラ』のファンだったんです!絶対聞きに行きます!」
優が興奮したように叫ぶ。
そう言えば、何回か曲を聞かされた気がする。
良い曲だったけど、優の剣幕の方に驚かされて忘れていたわ。
「ありがとうー。優ちゃんは可愛いねー。」
平良さんが優の頭を撫でている。
ぬ、それは私のだぞ。
すかさず顎先を撫でてやる。優はここがお気に入りなのだ。
「え、英理…。何でいきなり…。」
優が驚いているが、長年の付き合いで嬉しがっている事は分かる。
このまま骨抜きにしてやろう!
「あー、ゴホン。ジャレるのはその位にしてね。」
毛利さんが私達を止めてくる。彼女も優を狙っているのかもしれない。流石学級委員長、お目が高い。
「平良さん、二つ程良いかしら?……ギフトやスキルは素質に合ったものが与えられるの?後、この国に住まなかった場合はどうなるの?」
そう言えば、リースヴァルト様も平良さんも、この国に住む前提で話をされていた気がする。
どうしてだろう…。
「一つ目はイエス…かしら?一応素質に適しているスキルを貰いやすいと言われているわ。ただ、私が『歌姫』のギフトを貰えたのは、私の歌をあの方に気に入って貰えたからよ。」
本当に嬉しそうに平良さんが微笑む。
どこか恍惚とした、同性でも心を奪われるような笑顔だ。
「二つ目は…ただ国外追放されるだけよ。最低限の金貨は持たされると聞いているわ…。明日の確認も暫定的なもので、最終確認はまた後で行うわ。」
遠い目をしながら平良さんが話を続ける。
「でも私達からすれば、その選択肢を選んだ時点で裏切者に近い存在となるわ。もうこの国には戻って来れないと考えて下さい。」
先ほどの恍惚とした表情から一転し、凍えるような視線で毛利さんを見ている。
隣に居るだけの私も思わず震えてしまう程の威圧感だ。
「い、いえ…こちらこそ。不躾な質問をすみません。」
毛利さんが謝っている。あんな目で見られたら誰でも謝ると思う。
毛利さんの太ももに手を置く。
「あー…。ごめんね。こっちの世界って、地球と違って外国は全部敵って感覚なんだ。だから国を出てくってのは敵対宣言に近いのよ。私も新人を教えるのに慣れていなくて…ごめんね。」
平良さんが何度も謝っている。
少し驚いたけど、やっぱり良い人みたい。
毛利さんも気を取り直してくれたようだ。
「というか…。『セイラ』って地球では若かったですよね…?10年経って未だにそのお肌っておかしく無いですか?」
先生が目を薄くして平良さんの肌を凝視している。
確かに…あれ?もしかして化粧してない?
電子機器で立体映像を重ねている訳でも無さそうだし、どういう手法だろう。
皆興味ある話題なので、平良さんを凝視する。
電子世界で人生の半分を過ごしているとは言え、もう半分は現実に居るのだ。
ましてやここは異世界、今までよりももっと気にしていかなければならないだろう。
「これ?良いでしょ。多分肌年齢的には20歳前じゃ無いかな?」
「え!?何でですか!?ずるいですよ!若返りの薬も有るんですか!私も欲しいです!幾ら出せば手に入りますか?!あ!お金が!無いんだった!!」
一頻り騒いだ後に先生が項垂れてしまった。
その声は広間中に響き渡り、今は静寂が広がっている。
「若返りの薬は有ったかなー…?強くなると若さを維持出来るんだ。寿命も伸びるし、最低でもBランクまでは頑張った方が良いよ。」
この国ではランク制が導入されていて、異世界人ならBランクまでなら意外と簡単に目指せるらしい。
Aランクとなるとそこそこの苦労が必要だが、その苦労に見合うものは得られるとの事だ。
「わたしはSランク。もう凄い頑張ったよ!でもそれだけの価値は有る!死ぬ気で頑張るべき!」
「はい!!頑張ります!!」
平良さんの言葉に先生が強く頷く。
私も頑張らないとな。
その後も色々と話を聞き、今日の所は解散となった。