クラス転移 2
ーーー安野英理 視点ーーー
「ダーク、エルフ……?」
つい言葉に出てしまった。
日焼けした肌、尖った耳、伝え聞いたダークエルフの風貌そのままだ。
私の声に気付いたようで、ダークエルフの彼女が私を凝視してくる。
「ダークエルフだ。」
「すげぇ…。本物なのか…。」
私以外にも何人かが呟いている。
その声に彼女も私から目を離し、皆を見渡し始めた。
「英理。」
優にも気付かれてしまった。頬を膨らませて怒っている。
可愛い。突っついてしまいたい。
「AIか?ここは何処だ?すぐに俺達を元に戻せ!」
優に癒されていると、クラスの不良気取りが声を荒げた。
余りの事に最初理解が出来なかった。
あの圧倒的な存在感を前に、よくそんな言葉が言えたものだ…。
「そ、そうだ!ふざけるな!」
「ほ、ほんとー…。有り得ないっしょー…。」
「……。」
最初の男子生徒二人に比べると女子生徒はまだ大人しい。
最後の一人は真っ青な顔で立ち尽くしているだけだった。
「喝!!!」
女性が声を上げると、四人組は腰を抜かしてしまったようだ。
でもその姿を笑う事は出来ない。
直接声を向けられた訳でも無いのに、私達の膝も震えているからだ。
それどころか、一喝した女性の周囲の空間が未だに揺らいでいる。
「申し訳ありません!この子達も悪気が有った訳じゃ無いんです!どうか!許して下さい!!」
膝が震えた状態で先生が四人を庇う。
途中で転び、這いつくばってでも四人の前に進んでいる。
「ふむ。その姿勢天晴れ也。某も大人気無かったでござるな。」
彼女の声と共に重圧が消えていった。
優と顔を見合わせてすぐに先生の元へ向かう。
「「「先生!!」」」
私達以外にも何人か来てくれたみたい。
あんな姿見せられたら放って置けないわよね。
「うむ。慮外者かと思ったが、見事見事。」
彼女が笑いながら何か呟くと、緑色の光が広がっていった。
同時に暖かい気持ちが溢れてくる。
「心を落ち着ける魔法でござるよ。今テーブルを用意致そう。」
彼女が手を叩くと奥の扉が開かれて大きなテーブルが運び込まれる。
体育館ほども有る天井に届く程の円卓を、メイドが軽々と運んでいる。
シャンデリラはいつの間にか消えていた。
椅子も人数分用意され、そのまま着席を薦められた。
椅子を持ってきたメイド達も只者じゃ無いと思うわ。
近くで微笑まれてから冷や汗が止まらない…。
テーブルの前に紅茶が置かれ、メイド達が一歩下がる。
こんな人達に後ろに居られるなんて、怖過ぎるんですけど…!
恐る恐る椅子に座ると今まで感じた事無い座り心地だった。
豪華なだけの椅子に見えるのに、学校の電子椅子より癒される。これも不思議な何かが働いているのだろうか…。
「さて、では早速本題に入ろうか。貴殿らは元の世界で死んだでござるよ。」
何でも無い事のように言ってくるが、その内容は簡単には理解出来ない、いや、してはいけないモノだった。
「ふ、ふざけ……。」
また最初の不良が声を上げようとした所で、彼女が口の前に人差し指を持ってくる。
それだけで不良は黙り込んでしまった。
「某の言葉だけでも理解出来る筈。貴殿らの魂はすぐに受け入れるであろうよ。」
彼女の言う通り、理解してはいけないと思っていても、何故か事実だと受け入れてしまう。
まるで魂だけはその事を知っているかのように…。
「地球の神との約定により、こちらに送られて来た人間を保護するのが我らの役目。貴殿らが何故選ばれたか、又どうやって送られたかは不明である。」
地球の神という言葉に驚愕する。
科学全盛の時代に、まさか神が居たと言うのだろうか…。
「ああ、元の世界に戻る事は不可能と思われる。研究するのは構わんが、期待はしない方が良かろう。」
そう言うと彼女はお茶を飲んだ。
私達と違って湯呑みだからきっとお茶だろう。
(ああ…。混乱してどうでも良い事を考えてしまう。でもこの大気を流れる魔力、何故か懐かしい感じがする……。)
もしかして、と言う思いが強くなる。
とは言え、仮にそうだったとしても殆ど意味はないだろう。
「あの…、質問、良いでしょうか?」
学級委員長が手を挙げる。
彼女はさっき先生の元へと駆けつけてくれた。この状況でも信頼出来ると思う。
「うむ。許可しよう。」
「研究と言われましたが、私達はこれから何をする事になるのでしょうか?」
ゆっくりと、恐らくは言葉を選びながら話しているのだろう。
先程の威圧感、恐らくダークエルフの彼女が本気になれば簡単に私達を始末出来ると思う。
さっきの事を思い出すだけで体が震える。
「これからか…。好きなように生きれば良い。チートとやらも与えるし、厚遇もしよう。我が国に居るなら生活に困る事は無いだろう。」
少し考えるようにしてから彼女が続ける。
「そうだな。先達の者が居た方が分かりやすいか。何人か呼んでくれ。」
彼女の言葉にメイドの一人が頷き、何かを呟いている。
魔法を使っているのだろうか…?
「あ、あの!」
私も思い切って手を挙げる。
隣で優が驚いているけど、気になって止まらなかった。
彼女が頷いて……くれたのでそのまま言葉を続ける。
まだ彼女が私を凝視しているんだけど、一体何なのだろう。
「ここは何て言う世界なのでしょうか?」
「う、うむ…世界か…。特に呼び名は決まっていない。唯『コチラ』と呼んでいる。勝手に名付けるのは色々マズいのでな。この地はエトバス大陸。国の名前はアノン帝国だ。」
「…ありがとうございます。」
私が頭を下げて話を終えようとすると、彼女の方から話しかけて来た。
「貴殿……名前は?」
「は、はい…。安野英理です。」
今度は名前を聞かれたけど、一体何なのだろう…?
ジッと見つめられると凄く緊張する。
何とも言えない空気が流れる中、扉が開いて何人かの人間が入って来た。
中世の格好では無くスーツや学生服のような、日本でよく見た格好だ。
ようやく彼女も視線を外してくれたようで、安堵のため息をつく。
横から服を掴まれたので、そちらを向くと優が真剣な顔で見つめていた。
私が少し曖昧に頷くと、驚きの表情で固まった。
(エトバス大陸……。まさか戻って来るなんて……。)
私は昔神童だった。それは前世の記憶が有ったからだ。
前世は科学の世界では無かったし、地球では魔法が使えなかった。
だから物語のようなチートは得られなかったが、それでも大人の記憶が有るというだけで十分チートだった。
幼い頃から真面目に勉強をし、効率的に体を動かし、神童と呼ばれていたのだ。
勉強のレベルが上がるに連れて段々普通の人に戻っていったが、今でも昔勉強した分の貯金が有るお陰で秀才のレベルに留まっている。
20歳には凡才だが、大学入学まで秀才で居られれば十分勝利だったのだ。
(そう考えて来たけど、前世の世界に戻ってくるとはね……。)
10年以上前に戻れたなら喜んでいたけど、今となってはそんなに喜べなかった。
今までずっと頑張って来た努力がパーなのだ。泣いても良いと思う。
ダークエルフの彼女の事は知らないが、どこかで会った人なのだろうか。
時代も同じとは限らないし、考えても仕方無いと頭を振る。
今更戻って来ても、会いたい人は殆ど居ない。
(でも…。)
一つだけ、気がかりが有る。
ずっと気になっていた、前世で拾った孤児の子。
あの子の事だけは今でもハッキリと覚えている。