クラス転移 1
ーーーとある異世界人の視点ーーー
私は安野英理。日本の女子高生だ。
今年から二年生に進学し、新しく始まった授業に頭を悩ませていた。
「あー。何とか形になってきた…。『初期型AIの作成』って、マニアック過ぎない?」
隣に居る幼馴染に声をかける。
「本当だよね。初期型なんて今更作ってもねぇ…。てかいつの間に!?ワタシ全然なんだけど!」
私の幼馴染、優が驚いている。
課題を聞いた時点で少しずつ進めてきたのだ。
一緒にやろうと何度も誘ったのに、最後にまとめてやると言ったのは優だろうに。
今の世の中は電子が全てを支配している。
西暦2000年を過ぎた頃からネットの世界は拡大して行き、今では人生の半分以上を電子の世界で過ごしているのだ。
中には完全に電子の世界に移り、肉体は完全自動看護に任せている人も居る。
私としては抵抗が有るが、社会人になればそうも言ってられないかも知れない。
(そんなに電子世界が良いのかねぇ……。)
食事や睡眠は楽しみの一つだし、直に会って話すのも懐かしい感じがして私は好きだ。
「そう言えば、あの噂知ってる?電子の世界で死んだら異世界へ行けるってやつ。」
優が雑談を話し始めた。今回の課題はやる気が起きないみたいだ。
「相変わらず噂が好きだね。前は科学者の話していなかった?」
「アレとは全然違うの!今回のは結構マジらしいよ!有名歌手の中にも行った人いるんだって!!」
「そうなの…。取り敢えず声落としなよ…。」
適当に返事をする。
こっちで死んだと言うのに、どうやってそれを伝えるんだろう。
そんな事が出来るなら死後の世界はとっくに解明されていると思う。
「う…。確かに。ここで騒ぐのはマズいわね。」
私の言葉に慌てて周囲を見渡している。
話に夢中だったようで全然気付いていなかったようだ。
私達が今居るのは学校の教室、更に言えば授業中だ。
私達はスクールカーストが下の方、いわゆる陰キャに属する人間。
余り騒いでいると目をつけられてしまう。
(このクラスは良い人が多いんだけど、一部の奴らがね…。)
不良を気取ってる人間が四人ほど居るのだ。
アイツらさえ居なければ良い人ばかりなのに、と惜しく思う。
「でも、英理が本気出せば楽勝でしょ?また昔みたいにやらないの?」
優がパンチを空中に放つ。
ボクサーの真似をしているのだろうが、小動物みたいな動きだ。
シュッシュッと口で言っているのが可愛らしい。
「やる訳無いでしょ。子供の頃ならともかく、高校生にもなってやる事じゃ無いわよ。」
私は昔神童と呼ばれていた。
落ち着きがあり、言葉も早く覚え、歩き始めるのも早かった。
小学生に上がる頃には高学年の勉強も理解出来るようになり、周囲からは期待された。
運動能力にも優れていたので近所のガキ大将もやっていたのだ。
だが10歳になる頃には天才になり、15歳には秀才となった。
20歳には凡才となっている事だろう。
元々地頭が良い訳では無く、ある理由があって神童と持て囃されていたのだ。
何とか秀才で留まりたいと願っているが、それが難しい事も一番分かっている。
「それじゃ、電子空間で実習を始めます。AIの作成についても解説するからしっかり聞いて下さいね。」
考え事をしていたらいつの間にか授業が進んでいた。
形になってきたとは言ってもまだまだこれからだ。聞き漏らさないようにしないと。
先生の声の後に、前の方で電子椅子の起動音が聞こえる。
電子世界にアクセスする為の機械で、椅子に座ると快適な姿勢に自動で調整され、前面は保護フィルターで覆われる。
家にある電子椅子とは段違いの性能で、これが有るからわざわざ学園に通っているのだ。
後は運動の為とか現実の生活の大事さを学ぶ為とか有った気もするが、電子椅子に比べたら小さい事だと思う。
(この電子椅子、家にも欲しいわ……。)
高価過ぎて無理と分かっていても欲しくなってしまう。
リクライニングソファのような快適さで、何時間座っていても気にならない。
保護フィルターによって外界と遮断された後は空気を清浄化し快適な空間を提供してくれる。
ベッドとして使ったら最高だろう。
先生の起動音に続いて実習室のあちこちから起動音がしてくる。
馬鹿な事を考えるのは止めて、私も電子椅子に座る。
「じゃあ、電子世界でね。」
「うん。電子世界で。」
優と言葉を交わして電子椅子を起動した。
すぐに意識が遠くなっていく。
いつもの感覚だ。眠るような感覚を実感出来るのは相変わらず不思議な気分だった。
(あれ……?)
ただ、その日はいつもと違った。
眠ったと実感したはずなのに、何故か電子世界に入らなかったのだ。
遠くで爆発音も聞こえた気がするし、何かあったのかも知れない。
体の感覚が全く無い状態で段々と焦りが大きくなった頃、唐突に体が浮かび上がる感覚がした。
いや、体では無く魂が浮かび上がったのかも知れない……。
ーーー
目を覚ますと、そこは見た事も無い世界だった。
いや、どこかで見た事が有ると言えば良いのか…。
中世の宮殿のような世界が広がっていた。
広間のような場所だろうか、豪華な絨毯に綺麗なシャンデリラ。
天井は高く、学校の体育館以上あるかも知れない。
それでも大きく見えるあのシャンデリラは、どれほど大きいのだろうか……。
遠くには壁が見え、巨大な絵画が飾られている。
巨大な彫像や…アレは…?水や火のようなもので作られたオブジェも有る。
「……うぅ。」
「優!」
目の前の光景に心を奪われいしまっていた。
よく見ると優の他にもクラスメイト達が居る。
半分ほどはまだ蹲っているようだ。
「英理…。ここは……。え!?どこココ!?」
優も覚醒したみたいだ。
驚いて周囲を見渡している。
いや、優だけじゃ無い。起きたクラスメイト達が口々に騒ぎ立てている。
「何だ!ここは!?」
「学校の電子椅子がハッキングされたのか!?有り得ないぞ!?」
「いや…、こんな場所…。もし電子世界に有るならもっと有名になっているんじゃ無いのか!?僕は一度も見た事無いぞ!?」
「確かに……。え!?解析出来ない!?いや、解析どころじゃ無い!電子椅子の機能が停止しているぞ!!」
「アハハハハ!これが噂の異世界か!!」
最後の生徒…アレは村上君か。彼の言葉で皆が静まり返る。
さっき優が言ってた噂、皆知ってるのかも知れない。
「皆!静かにして下さい!ともかく一箇所にまとまって様子を見ましょう!点呼をします!」
先生が仕切ってくれる。
有難い。新任の先生と聞いていたが、頼りになりそうだ。
点呼では全員居る事が確認され、やはり電子椅子の機能は使えなかった。
例えハッキングされて居たとしてもこんな事は不可能で、異世界説がまた囁かれ始める。
今度は一人じゃ無くて複数人が話している。
「皆さん、落ち着いて下さい。まずは異世界というのはどういう事何ですか?」
先生は知らなかったようで、村上君に質問している。
村上君はいきなりの質問に戸惑っているようだが、彼がその質問に答える事は無かった。
「その説明は某が致そう。」
見事な甲冑を着た、日焼けした女性がその場を支配したからだ。