精霊王ゴン
今日も今日とて王達の視察だ。
昨日は仕事をしていないと思ったが、ミーナの視察自体が立派な仕事だというのを忘れていた。
だから決して仕事をサボったりはしてないのだ。
「閣下はそれで宜しいかと。閣下のご尊顔を賜れるというだけでも部下達は喜びましょう。」
「ゴンか。…声に出ていたか?」
「いえ、閣下のお考えならば察してこそ一流の配下と言えるでしょう。一番の配下として当然の事です。」
優雅にお辞儀をしながら話してくる。
因みに竜王は一番の手下を自認しており、よく二人で張り合っている。
別に仲が悪いという訳では無いが、譲れないものが有るらしい。
「本日はどう致しますか?」
ゴンが予定を聞いてくる。
今日も昨日に引き続き、レンとザドを連れていない。
二人は私の近くに居るのが仕事なのだが、王と個別で会う場合は席を外す事になっている。
代わりに二人の配下達を連れているが、基本的には空気に徹している。
「そうだな…。地脈の方はどうなっている?」
世界樹、精霊樹を使った地脈の操作はこの国にとって欠かせないものだ。
他国では基本的に行われていなく、不作の時には大勢の商人が帝都を訪れる。
中には武力で持って奪おうとしてくる愚か者も居るが、全て撃退している。
「今の所は順調でございます。…ですが、海流の方が乱れているようで、少しずつ影響を受け始めております。」
帝国の北には大河が流れており、少し進むとすぐ海へと合流する。
また海からデカい魔物が来たのかも知れないな。
魔物でも数百年以上生きてると亜神クラスにまで成長する事がある。
基本的に自分のテリトリーから動く事は無いのだが、珍しいな。
「もし居座るようなら討伐…いや、勧誘してみるか。」
我が国は水の中での戦いを不得手としている。
普通の国なら力技でどうとでもなるが、戦力増強を考えても良いかも知れない。
「何と慈悲深い…!では我が国に相応しい人材か調査しておきましょう。」
相応しく無かったらどうなるかは考えないでおこう。
ゴンは爽やかな笑顔で話しているが、結構腹黒いからな。
内政・外交の取りまとめ役も任せているのでむしろ頼もしいと言えるが、相手は大変だろう。
王達で頭脳派と呼べるのは精霊王と魔王だけだ。
勿論私も頭脳派とは言えない頭のデキだ。
ゴンを連れて帝城を出て、広場の方へと向かう。
帝城付近は国が管理する建物が多く並び、各省庁が並んでいる。
昔は部局として名付けられていたが、日本を参考にして変更した。
国家運営や組織経営については地球の方が数段進んでいる。
良い所は取り入れていくべきだろう。
建物自体は三階から五階建てだが、一階の高さが地球に比べて三倍は有るらしい。
巨人族に合わせたものだが、これでも入れない場合は魔法によって小さくなって貰っている。
建材は特殊石材を使用しており、強化魔法によって更に保護している。
試しに竜族の若者にドラゴンブレスを使って貰ったが傷一つ付かなかった程の一品だ。
歩いていると皆が深く一礼してくる。中には拝んでいる者までいるようだ。
軽い隠蔽魔法をかけているものの、帝城付近は強者が多いので皆気付いているのだろう。
「やはり…、いくらお忍びとは言え、五体投地くらいさせるべきでは無いでしょうか?」
お忍びというのは隠蔽魔法をかけてる事を指す。
この状態の時は私に気付いたとしても基本的にスルーする事になっているのだ。
(冗談じゃ…無いんだよなぁ…。」
涼しい顔をしているものの、若干苛立っている事が分かる。
今でさえ皆に一礼され、私の居る場所が丸分かりなのだ。
この上五体投地などされたらどこにも行けなくなってしまう。
「不要だ。ゴンもいい加減慣れろ。小精霊達は皆無邪気だろうに。」
妖精や精霊の中でも力の弱い者達は純真無垢な存在だ。
帝国の住民でも彼らだけは私に大して気軽に接してくる。
いつもゴンは頭を悩ませているが、アレはアレで良いものだ。
「それを言われてしまうと…。そうですね。閣下が許しているのです。自分の口出しするべき事では有りませんでした。」
「そう深く考えるな。厳しくしても仕方無いさ。」
近寄ってきた精霊達に囲まれながら道を進む。
道自体はこちらの建材を地球の技術によって加工して作っている。
向こうではコンクリートと呼ばれるらしいが、使い勝手は良いそうだ。
「久しぶりの街も良いものだな。」
お忍びというのも良い。
下手に平伏されてしまうのも悪いからな。
「それは…、良い時にお誘いできたようです。世界樹でお茶でもどうですか?」
ゴンも嬉しそうに微笑んでいる。
今日は街を回ろうかと思っていたが、ゴンとしては世界樹に誘いたかったのかも知れないな。
「ああ。それは楽しみだ。」
断る理由も無いので承諾する。
世界樹から街を見下ろすのも楽しそうだ。
広場に着くと中央に噴水が有り、その中から巨大な大樹が天高く伸びている。
帝城後背に見える竜山と同じくらいの高さがあり、今は透明化している。
建物を避けるように高い位置に枝を伸ばし、帝都全域を覆っている。
それでいて太陽の光を遮る事は無く、太陽の光を柔らかい光に変えて私達に伝えてくれる。
まだ若木で有りながらこの大きさだ。
今後どれだけ成長するのか想像も付かない。
広場では歌姫が歌を歌っていた。
少し前に来た異世界人で、地球では歌手をしていたらしい。
「陛下!!」
一曲歌い終わるとマイクを付けたまま走ってくる。
お忍びで来ているのだが、彼女の声でバレてしまった。
この辺りは気付かない者も多かったのだが、どうやらここまでのようだ。
「お疲れ。綺麗な――」
「閣下。」
歌姫を褒めようとした所でゴンに止められてしまう。
綺麗な歌声だったが、ゴンにとっては関係無かったようだ。
「閣下はお忍びです。折角静かな余暇を過ごされていたと言うのに、貴女のせいで台無しです。」
ゴンの言葉に歌姫は真っ青な顔になってしまう。
思わず止めそうになるが、ゴンの真剣な顔を見て踏み止まる。
「貴女の立場なら分かっていなくてはならない事です。罰として閣下からのお褒め言葉を遮らせて頂きました。」
「…申し訳有りません。」
「閣下。お言葉の途中で申し訳ありませんでした。
ゴンも私の言葉を遮った事を謝罪してくる。
大勢の人の前だと言う事を忘れていた。
感情のままにゴンを止めていたら色々面倒な事になっていただろう。
「歌姫よ。これから茶会を行う。貴様の歌でもって挽回しろ。」
「…はい!!」
ゴンには広場に集まった人達への対応を任せた。
何の集まりかは分からないが、後日帝城でコンサートを開いても良いだろう。
「精一杯歌います!」
歌姫がやる気満々で頷いている。
異世界人は私に対して崇拝までしている者は少なく、敬意を払っている程度の者が多い。
国のシステムについても簡単に説明しているので毎日祈りを捧げてくれてる人も多いが、やはり地球の考えが邪魔してしまうらしい。
歌姫は異世界転移した時からこの世界に深く感謝しており、帝国や私にも崇拝の念を抱いている。
どうやら地球では病気によって歌えなくなり、無理な治療を重ねた末に亡くなったらしい。
この世界に来て再び歌えるようになった事を心底喜んでいる。
私に対しても歌関係のギフトやスキルを与えた事で大層喜んでおり、毎日心から祈りを捧げていると報告された。
「閣下…。相変わらずお優しい…。歌姫よ。歌う事以外は許さんからな。」
「はい!!」
ゴンが戻ってくるとやや呆れた感じで私を見てくる。
長年の付き合いで分かるが、アレは喜んでいるのだ。
ゴンは口は悪いものの素直な人間には甘いからな。
あのまま私がスルーしていたとしても、ゴンは必ずフォローしていただろう。
二人と共に世界樹の中間、空中庭園へと転移する。
一般の人間は立ち入り禁止で、歌姫も初めて来たのだろう。周囲を見渡している。
「陛下、この度はお茶会に出席頂き有難うございます。」
「「「「有難うございます。」」」」
すぐに私達に気付いたようで、五人の美姫が出迎えてくれる。
全員がゴンの部下で、中央の妖精女王と四大精霊達だ。
「お話は聞いておりました。お邪魔虫が居るみたいですが、我慢致しますわ。」
少し緑がかった羽衣を纏い、見事な羽を生やしているのが妖精女王。
世界樹に住んでおり、帝城にも遊びにくる事もある。
「「「「お久しぶりです。陛下。」」」」
他の四人は火、水、風、土の大精霊になる。
普段は各地の精霊樹を管理していて、会うのは久しぶりになる。
それぞれの属性で体を構成しており、土精霊以外は半透明の姿となっている。
「う……歌います。」
歌姫が顔を青くしながら歌い始める。
帝国でもトップに位置する者達だ。緊張もするだろう。
最初こそ少し声が震えていたが、すぐに調子を取り戻し、見事な歌声を披露してくれる。
「ふん。中々ね。」
妖精女王が憎まれ口を叩いているが、尖った耳が曲に合わせて動いている。
どうやら気に入ったようだ。
二曲目からは静かな曲に変えてくれるようだ。
BGMのように会話を邪魔しない曲で、それでいて聴き入ってしまいたくなる魅力を放っている。
四大聖霊はすっかり気に入ったようで、体が曲に合わせて波打っている。
「そういえば、そろそろ異世界人が来るらしい。」
私が話すと、一瞬歌が止まった。
どうやら歌姫もしっかり聞いているようだ。
「前回から五年程ですか。今回は長かったですね。」
「そうだな。ただ、今までより規模が大きそうなんだ。一応注意してくれ。」
異世界人を受け入れるのは慣れたものだが、問題児が居ると苦労する。
私が直接関わる事は無いのだが、王達の機嫌が悪くなるので結局は困る事になってしまうのだ。
規模が大きいのなら覚悟した方が良いだろう。
(アノ人が居ると良いんだがな…。)
この世界は死んだ後も魂が輪廻して、別の生命体へと生まれ変わると言われている。
全員がそうかは知らないが、何例か実例も知っている。
長い時の果て、アノ人に出会えたら…、クソガキを拾ってくれた礼をしたいと思っている。
例え記憶を失っていたとしても、引き継いでるのが魂の一部だとしても良いだろう。
別に恋と言う訳では無い。
感謝の言葉と共に、当時の喜びをアノ人にも味わって貰いたいのだ。
(ま、異世界に転生しているはずも無いか…。)
次来る異世界人はどんな奴らだろうと、知らずに心躍らせていた。