来客
ーーージェント視点ーーー
扉が開かれ、大勢の客が入ってくる。
殆どの者が緊張しているようだが、何人かは落ち着いている。中々悪く無さそうだな。
私の両脇には勇者王ミーナと護王レンが並んでいる。
他の王達は別件で席を外している。
「よくぞ参ったな。美の神よ。」
「久しぶりね。ジェントも元気そうで良かったわ。」
今日の来客は美の神と西方の王国のお偉方だ。
西方王国は美の神の管理する地であり、彼らは美神の民と言えるだろう。
皆見目麗しい容姿をしている。
「ああ。そちらもな。今日は例の物が目的か?」
「そうよ。あれ以来すっかり気に入っちゃって。この国は中々過ごし易いし、ジェントも居るから引っ越しちゃおうかなー。」
「止めておけ。たまに来るからこそ楽しめるものだぞ。」
美の神の言葉に王国民が動揺している。
神に見捨てられそうになったのだ。当たり前だろう。
「彼女に例の物を。」
「まぁあああ!今回も素晴らしそうね!」
帝国で作られた美容品を渡すと、美の神は目を輝かせて喜んだ。
世界樹によって最高の環境で素材を育てあげ、異世界人の知識を元に最高の魔法使い達によって作られた帝国でも最高級の品物だ。
基本的に他国には輸出していなかったが、どこかから嗅ぎつけて美の神がやって来たのだ。
それ以来定期的に渡している。
王国のお偉方は付き添いを自称しているが、彼らも美容品目的だ。
彼らには一段下げた物を渡す。
勿論代価は頂く。かなりの金額だと言うのに、いつもきっちり現金払いだ。
「相変わらず素晴らしい。」
「見ろ!この粉を!!光り輝いているぞ。」
「王国でも試行錯誤しているが、いつになったら出来るのやら…。」
皆喜んでいるようだ。
王国は遠方の国家で、直接的な交流は一切無い。
友好国という訳でも無く、美の神とお偉方が帝国の商品のファンというだけの関係だ。
恐らく隣接していたら全く違う関係になっていただろう。
「相変わらずジェントはまめに働いてるのねー。」
美の神が何人かのメイドを見て呆れている。
彼女達には信仰力由来のギフトやスキルが付与されてるからだろう。
私以外の神は簡単にギフトをつけたりする事は無い。
現に王国側の人間では一人しか持っていないようだ。
「私は便利な『権能』を持っていないからな。部下を鍛えて豊かな国を目指しているのさ。」
『権能』とは神特有の能力だ。
スキルやギフトの神版のようなもので、美の神なら『美』という権能を持ち、この世界の美しさの基準を変える事すら可能だろう。
本来なら美容品を使う必要も無いのだが、新しいモノという事で興味津々みたいだ。
「それでも邪神を意のままにしてるんですもの。大したものよ。そっちが嫌になったらいつでも私の所に来なさい。ジェントなら大切してあげるわよ。」
邪神とは地球の女神の事で、この世界の神々からは邪神扱いされている。
私への評価はそれぞれで、邪神の手下と蔑む者と、邪神をうまく手懐けていると言う者の二種類に大きく分かれている。
彼女は勿論後者の意見だ。
「気持ちだけ受け取っておくよ。」
「もう!神の誘いを断るなんて、本当なら極刑なんだからね?」
少し拗ねたように頬を膨らませている。
王国側の人間は顔を真っ赤にして怒っている者と、真っ青にして神の怒りを恐れている者の二種類のようだ。
「まぁ良いわ。じゃぁこれ、代わりの品ね。またデートしましょうね。」
私に宝玉を渡して美の神が消えていった。
相変わらず神というのは気ままな存在だ。
「客人方には持てなしをしよう。」
帝国の外交官達に後を任せ、退席して貰う。
「あのイケ好かない婆!何度ぶっ飛ばしてやろうと思ったか!我が君はあんなのの所に行っちゃダメですからねー?」
「…んー。」
ミーナとレンが怒っている。
美の神と話してる時から既に苛立っていたからな。
「あんなの我が君の力でギャフンと言わしてやりましょうよ!!」
ミーナの怒りは中々収まらないようだ。
美の神はそれほど強い神では無いが、大神としての格を持っている。神特有の尊大な態度が気に入らないのだろう。
「何とか出来ても意味は無いさ。『権能』で何度も蘇るし、仮に滅する事が出来たとしても第二の美の神が現れるだけだ。そして帝国は世界の敵となる。」
『美』という権能がある限り、彼女の美しさを損なう事は困難だ。
それはつまり彼女に怪我を負わせられないという事を意味する。
私の力なら傷つける事も、滅するまで持っていく事も可能だろう。
だがそれをやっても『美』という概念がある限りまた美の神は誕生する。
しかも場合によっては以前の記憶を持っている場合すら有るのだ。
そうなった場合、果たして勝利したと言えるのだろうか。
例え封印をしたとしても、正当な理由が無ければ他の神が解放してしまうだろう。
だからこそ神々とはなるべく争わない道を模索しているのだ。
喧嘩を売られれば買うが、その場合でも数百年の封印に留めるべきだろう。
「心から屈服させてやれば良いんですよ!ウチが編み出した必殺技を見せてやりますよ!!」
必殺技が少し気になるが、聞いてはいけない気がする。
恐らくミーナの部下達の尊い犠牲によって生み出された技だろう。
「そして目指すは世界征服ですよ!おお!我ながら素晴らしい名案!!」
ついには自画自賛し始めた。
国を広げようと努力はしているが、世界征服なんて考えた事も無い。
神々がどう動くか予想も付かないし、面倒なだけだろう。
「そんな無理はやらん。もう十分過ぎる程大国になったし、後は少しずつ広げていくだけだ。」
そもそも国土を広げるのは大変なのだ。
邪神と関係のある私の国が大きくなるのを良しとしない神は多いだろう。
急速な拡大は彼らを刺激するだけだ。
統治の面でも問題が有る。
前の神の影響を取り払わないとその地を支配した事にはならないのだ。
人心を掌握して服従させないといけないし、土地にも色濃く神威が残っている。
それらを取り払うまでは数十年の時を要し、その間は信仰力を得られない。
その地では神由来の力も減衰する為、防衛や管理には苦労が大きい。
「そう言えば、異世界人はどうなってる?確か偽帝が行ってるんだったか?」
何故か気になってしまった。
いつもより人数が多いし、気になるのも仕方無いか…。
「確かそうですね…。早く帰ってくれないかなぁ。」
「…偽帝とは相変わらずか。まぁ無理に仲良くしろとは言わんがな。」
「だってアイツ!我が君を独り占めしようとしてるんですよ!絶対許せません!!」
今日のミーナは怒りっぱなしだな。
レンは私の膝の上で眠ってしまった。
偽帝『ジュエル』。この国で私の下に位置する存在で、私の代行を務める事も多い。
『異界』と呼ばれるこの世界とは少し位相のズレた地に滞在しており、ゲームなどを守護している。
今は誰も居ないから異界は封鎖されているだろう。
機械的な思考回路を持っており、異世界人からは人型のアンドロイドのようだと言われている。
私が引退した後に異界で一緒に過ごそうと画策しており、帝国の中で唯一引退を勧めてくる人物だ。
そういった理由から王達に嫌われている。
(そうなると、異世界人と会うのはまだ先か…。)
ミーナを宥めながら、何故か落胆していた事には最後まで気付かなかった。