引退しようと思ったら
「どうか、どうかお考え直し下さい!」
「そうですよ!世界征服もまだですし、まだまだ遊ぶ事は一杯有りますよ!!」
「某はご主君にしか仕える気は有りませぬ、ご主君が続けるしか道は無いかと!!かと!!!」
「ずっと……、一緒……。」
「偉大なる神よ、こちらは街の住民からの嘆願書となりますぞ。…どうか、儂らをお見捨てになさりませぬよう、お願い致します。」
玉座の間、我が帝国が誇る最高の部下達が揃って頭を下げている。
そろそろ引退しようかと考えていたら部下達に気付かれてしまったらしい。
玉座の間は阿鼻叫喚の地獄絵図と成り果ててしまい、どうやって収めようかと途方に暮れているところだ。
以前に少しだけ引退すると口にした時は帝国中が大騒ぎになってしまった。泣き落とし、褒め落とし、口説き落とし、何でも使って引き止められたのを覚えている。
「我らが一族の安住の地は閣下の元にしか無いのです。どうか……お願い致します……。」
中央で土下座しているのは精霊王の権兵衛だ。自分の名前を嫌っており、私以外の人間にはエレメントと呼ばせている。因みに私は『ゴン』と呼んでいる。
「配下の奴らを使って酒池肉林の宴を開きましょうよ!ウチもお手伝いしますよ!まだまだ楽しみましょうよ!!……だからお願いーーー!」
私の足元に縋りついているのが勇者王『ミーナ』だ。勇者の職業に付き、幼い姿ながらも帝国でも有数の強さを持っている。子供達から大人気の存在だ。
最初は我慢していたようだが、今はもう涙でグショグショになってしまっている。
「某らの嫌な所が有れば何でもなおすでござる!ご主君が望むなら喋り方もなおしてみせます!」
深く頭を下げてるのが騎士王のリースヴァルト。『リース』だ。ダークエルフ族で、里では皆同じような口調で話している。
性格はドがつく程真面目だ。
「いや、口調を直す必要は無い。今のままで大丈夫だ。」
引退しないと口にすれば収まるのだろうが、嘘はつけずに曖昧な態度を取ってしまっている。それが尚更皆を不安にさせてるのだろう。
「ずっと……一緒……。」
護王の『レン』が背中によじ登って来た。
この子はミーナより年上だが、精神年齢はまだまだ幼い。
引退の話になるとずっとくっついて来る。
「神よ。どうか結論を急がんで下さい。きっといつか、神の願いも届きますぞ。」
従王のザドワルドも深く頭を下げている。
死霊族のリッチで、深く皺の刻まれた老人のような風貌をしている。
『ザド』が私の願いを知ってるとは……いつか先代の従王に話したかも知れないな。
願いと言うべきか微妙な話だが、それを持ち出されては頷くしか無いか……。相変わらずうまい所を突いて来るな。
「そう、だな……。もう少し続けてみるか。……皆、すまないな。」
私が前言を撤回すると王達が大喜びする。周囲に控えている使用人達も同じように喜んでいるみたいだ。
プロフェッショナルな彼女達が感情を顔に出すなんて久しぶりに見た。
そのまま祭りを開催すると、何人かが出て行った。
祭りは暫くやってないし、それも良いかも知れないな。
(しかし…、やはり、そろそろ…。)
「んーん……。」
また引退の事が頭にチラついた瞬間、レンが頭を擦り付けて来た。
背中越しに温もりを感じ、今は忘れようと気持ちを切り替えた。
(ふー。疲れた。)
深夜になり、やっと皆から解放されて自室へと戻る。護王のご機嫌を取るのが本当に大変だった。
何とか宥めて部屋に返したが、今日は勇者王と一緒に眠るそうだ。まだ何日かは拗ねてしまっているかも知れない。
外ではまだ祭りが続いている。
『第8回 皇帝、引退撤回記念』と旗が上がっているが、そんなに引退宣言しただろうか。
少し恥ずかしく思いながらも、賑やかな街の様子を見る。
この光景を見ていると続けて良かったかも、と思ってしまう。
我ながら呆れるが、幸せな光景を見ているとそれだけで癒されるのだ。
街の喧騒を肴にしてメイドの入れてくれた果実酒を飲む。
300年物とか言っていた。違いは分からないが旨い事だけは分かる。
真紅のグラスを傾けながら、今までの事を思い出す。
この長い、千年という年月の事を。