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心の中で生き続けた愛しい人

「近頃将軍様の執政に対する反勢力組織がいるらしい。彼らは将軍様直属の僕たちを疎ましく思っている。既に罪のない武士が何人も暗殺されている。危険が及ぶかもしれない…何かあったらすぐに報告をしてね」


「そ、そんな罪のない人たちを…許せませんね。私はいつでも出陣できます。必要ならば及びください」


「ふふ…心強いな。期待しているよ、百鬼」



そうさ、あの頃の君は無垢で純粋で…何の疑いもなく簡単に口車に乗せられるような操り人形だった。君のその光が消えれば、淀んでしまった僕自身を隠せるからと利用したのさ。恨んでも恨みきれないだろう。



「…父さん、母さん…?」


「あれ、早かったねぇ、百鬼」


「…!?」


「流石は将軍様お気に入りの剣士__。ここで鉢合わせする予定はなかったんだけど。ま、いっか。君の眼の中の太陽が陰るところを見られたしね」



君は落ちた。僕と同じところに。さゆき…君の中にあった太陽がなくなってからというもの、太陽に憎悪の感情しか抱けなくなった僕を許してくれるかい。自分のエゴのために可愛い後輩を殺す僕を____。



「っ……黄緑ぃいいいい!」



僕はここにいながら…既に人間ではなくなった。あの頃君を抱きしめたこの腕で、理不尽な殺しを繰り返してきたのだから。



シュバッ……





反勢力組織の頭と誤情報を流して百鬼家族を殺害し__僕は朝廷の中でより地位を確立していった。



「__よくやった。黄緑。一早く反勢力組織の匂いを嗅ぎつけ始末するとは」


「____…将軍様に仇なす者は私めが許しませんから____」


「クク…賢い男よ」



自分で言っていて虫唾が走った。でもこれももう終い__。今夜、僕は将軍を襲撃する予定だった。



「黄緑様…苦しゅうございましたね…実弟のように可愛がられておいでになった百鬼様を殺めなくてはいけなくなるなんて…」



身分が上がったからといって____さゆきの父上にそのような呼び方をされるのは忍びなかった。僕がいなければさゆきがあんな目に遭う必要はなかったのだから。



「…これも僕の運命だったんだよ。百鬼の屍を越えて前に進んでいくしかない」


「そう……ですね、おいたわしや黄緑様…………」



僕の側近として仕えている彼に合わせる顔など正直持ち合わせていなかった。ましてや彼を見ていると…いつもすぐそこにさゆきの姿が思い浮かんでくる。決意が揺らぎそうになる、僕も自らそちらへ行きたくなってしまう。



ドスッ……



「……………ん?」



負い目があったからだろうか。僕は彼の突き立てる刃に気付けなかった。普段ならすぐに察知するであろう殺気にも反応できなかった。自分の背中から、腹に貫通した刃についている血液は畳を滲ませた。



「あなたの悪事はずっと知っていましたよ…あの太陽のような青年まで手にかけるとはとんだ悪党…!悪党の行先は地獄でしょう…!もう、これで終わりにしてください…二度と、生まれ変わらないでください…!!あなたのような悪党の生きる世界など、ここにはありません____」



__________知って、いたのか。


彼は泣いていた。大粒の涙を零していた。太陽のような青年…百鬼のことか。まで、ということは彼はきっと、僕とさゆきのことを知っていたのだろう____。



僕は腹から出ている刃を両手で握った。手からも血が垂れていく。彼はそれに驚いた様子だったように思う。



「悪党…か。そうかもしれないね、僕はさゆきを死に追い込んだ悪党だ…。父上……最愛の娘を失わせて…申し訳、ありません…」


「……!」


「でも…これだけは、覚えていて、ください…。僕は……僕は、誰よりも、この世の誰よりも……さゆきを、」





___________________愛していました。





力がふっと抜けていった。死の感覚というのはあまりに呆気ないように思った。百鬼、僕は君のように誰かに死を悼んでもらえるような人間じゃなかったけれど…それよりも心残りなのは…たった一人の愛する者を護れなかった…後悔の気持ちだ。


僕が将軍へ復讐を成し遂げられなかったのは__心のどこかで納得していた。僕はどこかで知っていたんだ、嫉妬や憎悪は愛には勝てないことを。愛の力は人間を強くする。僕にはとっくにその源が枯れてしまっていたのだから。









「_______僕が地獄に来るのは当然の理。そしてここでも結局…成し得なかったなぁ」



黄緑は小さくそう言った。何百年たってもずっとずっと黄緑の心の中から消えることのなかったさゆきさんの姿を思い浮かべているのだろうか。百鬼もまた、複雑な顔をしていた。



「…首を、斬るがいいさ。人間界で僕は君を騙し…家族を…そして君の首を落とした。そして地獄でも積み重なった僕への恨みを__今なら晴らせるはずだよ…百鬼」



百鬼はそっと瞼を閉じた。二刀がチャキ、と音を鳴らすも、百鬼はそれを抜かなかった。














「__お前にどのような過去があろうと、俺はお前を許すことはない」



百鬼の言葉に、黄緑はただただ耳を傾ける。



「だが……俺もまた、知った。いや…………思い出させてもらったんだ」


「……?」



黄緑は百鬼の方へ顔を向ける。



「嫉妬や憎悪は愛には勝てないことを」


「…………!」



ここにいる皆が、百鬼の言葉を静かに聞く。



「それをしたところで何も晴れないのだと。…俺は地獄資料庫でお前に言われた言葉の意味を、やっと理解できた」



“百鬼、感情を忘れた君に、その感情の名前を教えてあげようか……愛だよ”



「そしてその力の偉大さも…」



百鬼と目が合う。真っ直ぐで嘘のない眼。



「……ふふ、あの時以上に、輝かしい眼をしてるね……百鬼」



黄緑は息を一つ吐いた。そして震える手を私の頬に当てる。その眼差しはいつもの黄緑の暗い物ではない。まるで愛しいものを見つめているかのように優しいそれだった。



「僕は…初めてさくらちゃん…君を見た時に、無意識にさゆきと君を重ねていた。その眼の中にある強い意志…太陽を見て、蓋をしていた思いが溢れてしまったんだ」


「黄緑………………さん」


「君と百鬼を見ていて…僕とさゆきみたいだったらって」


「…………だから助けてくれたの…?」


「…結果的には、ね。ただ僕はあくまで自分のためにやったことさ。…そうしておいてよ」



黄緑さんは悲しそうに笑うと、私の頬から手を離す。いや、離すというよりも、手が落ちた、という方が正しい。



「あぁ…もう体が動かないや…。輪廻転生はできなさそうだなぁ。最後まで手に入らなかったなぁ太陽。百鬼、本来閻魔選定が終了する7日後にこの称号を身に付ければ…正式に閻魔になれる。それよりも早く身に付けてしまえば…僕みたいになるからね」



黄緑の傍に落ちている称号を見ながら、黄緑は百鬼にそれを取れと顎で合図した。百鬼の腕がゆっくりと伸びてくる。私は百鬼よりも早くそれを取って、称号を思い切り両側から引っ張った。


バリンッ



そして称号を引きちぎった。



「「「「!!??」」」」


「なっ……風篠さくら、お前何しっ……!!」


「お、おい、嘘、だろこのやろう…!?」


「え……さくら、ちゃん?」



みんながその光景に目を真っ白に、そして顔を青くさせた。でも私はこれでいい。



「さくら…!お前何やってるんだ!?これがないとお前は人間界へは…!」



百鬼が焦った表情で私に問い詰める。



「……いらない。こんなものいらないよ。閻魔なんて必要ない」



呆気にとられている百鬼に向き直る。



「百鬼…例え“風篠さくらとして”人間界に帰れなくてもね…私は百鬼をここに縛り付けたくない。百鬼と一緒にいたい。生まれ変わるなら…百鬼と一緒がいい」



これが私の答えだ。自分の運命と大切な人を天秤にかけた時に迷うことなく片方を捨てることができた。そこまで想える人に出会えた…それってすごく幸せな事だと思ったんだよ。



「…………………………馬鹿野郎、」



憎まれ口を叩きながらも、百鬼の表情が緩んだ。大丈夫、私はもう君とう太陽がいればどこでだって生きていける。



「黄緑さん…黄緑さんの中にも太陽はあるよ」


「…?」


「さゆきさんは黄緑さんの心でずっとずっと生きてるでしょ」



それが太陽の正体だと私は思うよ。


そう告げれば、黄緑さんはゆっくりと瞬きをして、一筋の涙を零した。


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