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だからその太陽を消そうとしたのさ

「黄緑さん」



華の将軍家。その中でより輝かしく咲く美しき華…将軍様正室のさゆき。彼女の笑顔はいつでも明るく周りを照らす。将軍様の正室である彼女は高い身分でありながら、誰にでも分け隔てなく接する心の豊かな女性だった。



「さゆき…様」


「もう…様なんてつけなくていいと言っているのに」


「そ、そうはいきません!将軍様の正室であるさゆき様にそのようなご無礼を働くわけには…」


「クス、黄緑さん、いい方なのね」



分かっていた。自分がこのような気持ちを抱いたところで、彼女は将軍様の1番の正妻なのだと。自分だけでなく皆に優しくしておられるのだと…そして一般の武士が彼女に恋心を抱くことさえも…決して許されることではないのだと。



「さゆき様の方が…いい方、です。私のような下流の者とも言葉を交わしてくださる…」


「あら。私が黄緑さんとお話ししたくて話しているのよ、ただそれだけ」



だから笑って誤魔化した。これ以上近付いては駄目だから。僕たちは決して交わることのない運命なのだから…と、自分の気持ちに蓋をして。



でも、いつからだっただろう。さゆきの太陽のように輝かしい瞳に雨が降るようになったのは。



「あぁ…あいつの家柄を利用する手はないだろう。正室として置くのはただそれだけだ。利用できるだけさせてもらおうか」



____将軍様の話を盗み聞きする気はなかった。でも、聞こえてしまった。そして目の前が眩んだ。将軍様は……さゆきのことを物としか見ていない。さゆきは確かに代々伝わる家柄の娘だった。だがきっと、さゆきは将軍様のことを心から慕っていたはずだ。それなのに……



将軍様は、さゆきを裏切った。



______許せなかった。純真な彼女の気持ちを踏みにじったこと…今後もただ利用するために側に置いておこうとしていること…。



「_________黄緑さん?」


「…………さゆきさん」



さゆきは、様をつけないことに驚いていた。僕は立膝を付き、手を差し出した。



「____僕と一緒になりませんか」



唖然とするのも無理はない。僕はこの時、前代未聞の反逆を犯していたのだから。将軍様の正室を奪う____。どれだけ重い罪だろう。いや、これが明るみに出たら僕は切腹では済まされない。


それでも、



泣いている君を放っておけなかった。



さゆきは瞳から零している涙を拭いて、何かを悟ったかのように笑った。そして僕の手をゆっくりと取り、



「__________はい。ありがとう」



そう言った。


初めて触れた彼女の手は柔らかくか細かった。それからは僕らの極秘の毎日が始まる。さゆきは将軍様の正室でありながら、僕は武士でありながら、誰にもばれないように会う日々が始まった。


幸せだった。誰が何と言おうと。僕たちの関係は決して公に認められる日は来ないけれど、それでも彼女と一緒にいられる一瞬一瞬が、泣いてしまいそうなほど幸せだった。



「黄緑さん…私、本当に幸せよ」


「あぁ…僕も」


「今世で私達が出会えたのはね…来世での約束を果たすためだと思っているの」


「来世…?」



僕の手を取り、さゆきは言った。瞳に太陽を宿して。



「だから黄緑さん…来世では、必ず一緒になれると信じてる。約束よ、黄緑さん…」



僕はそんなさゆきの小さな体を、きつく抱きしめる。



「あぁ…約束さ」



この時の温もりは忘れない…忘れられない…。心からの幸福感に浸っていたこの瞬間が…さゆきとの最期になると分かっていれば、今すぐに連れ出して救うことができたのだろうか。










「_______________________え?」



「だからよ…将軍様の正室、愛人がいたんだとよ。怖い話だよなぁ、将軍様の正室だぞ?これ以上何を求める物があるんだってか…」



このような心臓の跳ね方をしたのは初めてだった。武士仲間である男の言葉に…俺は上手く反応することができなかった。



「それで……さゆき…様、は」



動機がする。汗で周りがよく見えない。



「そんなもん言わずもがな打ち首だよ…………って黄緑!?」



俺は訳も分からず走り出した。信じられない、にわかに信じられなかった。切れる息に嗚咽する。そんなことはどうだっていい。


将軍……将軍!!さゆきを初めに裏切ったのはお前だろう…!!さゆきが、さゆきが何故…!!




ひらり。




よろめいた瞬間に、着流しの裾から一枚の紙が落ちる。




“生きて”




「…………あ……あぁ…………」




さゆきの字だった。小さくも力強いそれは……まるでさゆきの心がそのまま乗っているかのようで。



“黄緑さん…来世では、必ず一緒になれると信じてる。約束よ、黄緑さん…”



「あぁああああああ!」



僕は泣き崩れた。





「例の愛人____下手人はまだ割れていないらしい」



さゆきは愛人が僕だと、決して口を割らなかった。思えば、最期の夜、さゆきは既に何が起こるかを分かっていたのかもしれない__。華々しく見える将軍家の内部は非情で…血に塗れている。


何が将軍だ…僕は許しはしない。復讐してやる。さゆきをこのような目に遭わせた罪____その命をもって思い知るがいい。



「最近じゃ将軍様に対する反勢力組織ってのもできてるんだって?怖いねぇ。時代の行く末の未来は明るくないのかもしれねぇな」



反勢力組織____。僕はその存在をこの時初めて知った。



「ほう…将軍家直属の武士がわしらの仲間になりたい?一体どういう風の吹き回しだろうねぇ」


「_________仇を討ちたいんです」



手段は選んでいられなかった。きっとさゆきが生きていたら、僕を止めるのだろう。自ら社会に牙を向くようなものだ。ぼくにはこれしか思いつかなかったのさ。ここからは将軍家の武士として、裏では反勢力の武士として__二足のわらじで過ごした。僕の実力は見る見るうちに認められ、両側で出世を果たしたのだ。



「黄緑の兄貴…流石です。この短期間で反勢力組織の御頭にまで上り詰めちまうたぁ…」


「黄緑…主は将軍家直属の武士として数々の功績を収めておる。そろそろ弟子をもっても良い頃じゃ」



そんな時だったんだよ。



「百鬼と申します。この役を預からせていただいたからには命尽きようとも大臣殿を守り通してみせます」



眼に太陽を宿した君が、僕の前に現れたのは。



「初めまして百鬼くん。僕は2年前に今の君と同じ役職になった黄緑だよ。指導、なんて堅苦しい事考えずに先輩みたいな感じで接してもらっていいからね」


「そ、そそそんなご無礼な…!」



____眩しい。鬱陶しいほどに。人間とはこうまで醜くなれるものかと、僕はこの時に実感した。人間とは、自分の幸福がなければ他人の幸福を喜ぶことはできない。この光も同じだ。自分の心に太陽がなければ…他人の太陽など、ただ眩しいだけの不要物に過ぎない。それどころか、その光に照らされた自分の深い闇の部分が明るみにすらなってしまいそうで…この光を消したいと思った。



「百鬼、聞いたかい?」


「何をでしょうか…黄緑さん」


「近頃将軍様の執政に対する反勢力組織がいるらしい。彼らは将軍様直属の僕たちを疎ましく思っている。既に罪のない武士が何人も暗殺されている。危険が及ぶかもしれない…何かあったらすぐに報告をしてね」



だから消そうとしたのさ。その鬱陶しい光を。君という存在と一緒に。


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