信頼、愛、それとも憎悪
爆発によって起こった砂煙が次第に収束していく。地面に横たわった姿の黄緑を確認すると、思わずため息が出てしまう安心感が生まれた。
倒したのか。黄緑を。
私は先程黄緑にやられた後ろにいる囚人達の方へ駆け寄る。
「みんなっ…!大丈夫!?」
みんなは痛む体を震わせながらもゆっくりと立ち上がる。おばあちゃんや英雄も立ち上がり、私の心配をしてくれた。
「黄緑を…倒したのかい?」
「うん、きっと…。これで後は…」
私含め、ここにいるみんなの視線が上を向く。後は…未だ余裕な笑みで私達の様子を見ている閻魔だけだ。赤く鋭い眼を見ると、やはりゾクッとする。閻魔はクク、と喉の奥を鳴らして笑った。
「哀れよのう黄緑…。雑兵呼ばわりしていた連中に後れをとるとは…」
「…降りて来い縁峰…。次はお前だ」
「ふん…その眼、初めて会うた頃のお前と両親とそっくりよのう…。あの時も儂に高圧的な眼をしたお前を絶望の淵に落としてやったのだったな」
そうか…百鬼が言っていた…。百鬼が地獄に来た時に、体を操られて両親の首を斬らされた…。そして百鬼の首も閻魔が…。
「お前にはまた絶望を味わってもらう必要があるようじゃな」
閻魔はそう言うと、操り糸でもつけているかのように右手を前に出した。百鬼は戦闘態勢に入る。そして与太造が百鬼に叫んだ。
「おい百鬼!俺と久須郎はさっき…閻魔様のあれにやられた!体が勝手に操られて、お互いで戦わされた!気を付けろこのやろう!」
「…!」
術がかかる前に。そう思ったのか、百鬼は二刀を携えて閻魔のいる場所まで階段を駆け上がっていく。その刃は閻魔の首すれすれのところでぴたりと止まった。
「…クク、賢い男じゃ」
百鬼が手を止めたのは、百鬼があの時のように操られているからではない。百鬼は目を丸くさせて、後ろを振り返った。
「さくら……お前まさか、」
「っぁ…百鬼、体が、勝手に…」
私だ。原因は私が自分の意志とは関係なく、閻魔と百鬼のいる階段の上に導かれていったからだ。体に力を入れても言うことをきかない体に、もどかしさを感じる。
「百鬼の小僧…今儂の首を跳ねていれば、この女の首も同じ目に遭っていたな。儂のこの能力は…誰かを操るものではない。誰かの一部になること。儂を殺したくば、この女を殺せば事足りよう」
「…縁峰…貴様」
「お前にこの女を殺すことができるか?」
閻魔は私に刀を握らせる。手が震えるからカチカチと刀が鳴る。その刃先を百鬼に向けさせられた。
「百鬼っ…!私の手から刀を落として…!殴ってもいいから…!」
「女…儂の操作する体ぞ。そう簡単にいかせると思うのか?」
閻魔が指を僅かに動かすと、体が百鬼の方へ向かっていく。刀を思い切り百鬼に振りかざし、何度も何度も攻撃を仕掛けていく。百鬼は私を攻撃するでもなく、ただただそれを躱し、防いだ。下から久須郎と与太造の応援が駆けつける。
「風篠さくらっ…まさか閻魔様に操られてんのかっての!?」
「くっ…ならば俺は閻魔様を直接…!」
与太造が金棒を持って閻魔の元へ行こうとすると、百鬼のだめだ、という声が響き渡る。
「縁峰を殺ればさくらも死ぬ…!今はさくらを操るこの術を解くしかない!」
百鬼の言葉を聞いて、与太造は縁峰への攻撃を止める。縁峰はそんな与太造の姿を見てニヤ、と笑い、手で持っていた銃で与太造の肩を撃ち抜いた。
「与太造!」
高い階段の上から与太造の身体が落ちていく。久須郎は閻魔を睨む。私は止まらない体に必死で抵抗しながらも閻魔の術を解くことができない。目の前の百鬼にいつ攻撃が当たってしまうか怯えながら、百鬼に訴える。
「早く、私に攻撃して、百鬼…!」
「っ…」
ブシュッ…
私の刀が百鬼の脇腹を掠る。
「やだっ…!」
自分の手で百鬼を苦しめている。目の前で血を流していく。
「ああああああ!」
百鬼がよろめいた瞬間に、私の身体は刀を突き刺そうと腕を振り上げた。
嫌だ、嫌だ…!やめろ!!!!
「っ……!?」
私の目の前に、鮮血が飛び散った。私が突き立てた刀は紛れもなく血を生んだ。しかし抵抗し続けたのが効いたのだろう。刀は目の前の百鬼ではなく、自分の腹部に刺さっていた。閻魔も驚いたようで、腰を上げて私達の様子を見る。閻魔の口からも血液が漏れ出していた。
「儂の術を狂わせた…?たかが抵抗力で、?」
そしてそうぽつりと呟いた。
「さくら!!」
刀は突き刺さったまま、地面に膝を付く。百鬼が血相を変えて血を吐く私に近寄った。
「お前っ…!おい、大丈夫か!」
「っ…百鬼、私は、絶対に百鬼を斬りたくなんてない…!それだったら自分が死んだ方が、マシ…!」
刀傷って、こんなにも痛かったのか…なんて能天気な事を考えている暇はなさそうだ。まだまだ閻魔の術が効いている。今にも百鬼に斬りかかっていきそうな体を、自分に射した刀の痛みで必死に抵抗する。
「っぐ…!」
閻魔も私動揺苦しみ始める。
「さぁ…閻魔、…!私が死ぬと、確かあんたも死ぬんだよね…!?あんたの術と私の抵抗力…どっちが強いか賭けだよ…!」
「女…有り得ない真似を…!」
目の前では百鬼がやめろと訴えている。その必死な表情に、視界が歪んだ。かつて地獄に来た時には自分の命を百鬼と賭けた。でも今は、閻魔との取引だ。結局、百鬼との賭けなど消滅したんだが。百鬼の心にあった人間らしい優しさがそうさせたのだ。
「百鬼…私、は…強み、だと思うよ…」
霞む視界の中、私は百鬼に伝える。
「優しいことは、弱みじゃない…百鬼の、強みだと思うよ…」
「…!」
“君の最後の弱点を教えてあげるよ。…それは、優しすぎることさ”
黄緑の言葉が百鬼の脳内を巡った。
ガシャン、
とうとう私の手が勝手に動き、体から抜かれた刀が落ちる。閻魔も苦しみながら片膝を付いた。
「忌まわしき太陽…何故いつも儂の邪魔をする…!」
閻魔の力が強まる。私の手は震えながらも落ちた刀を握ろうとしている。分かってる。これを取ってしまったらまた百鬼に斬りかかっていくことくらい。
「百鬼…今、のうちに…早く逃げ…」
ふわり。
私の身体を百鬼が包み込んだ。
「逃げなどしない…例えお前に斬られることになろうとも、俺は逃げない。最後まで一緒に戦う」
……温かい。体の力がすっと抜けていくような感じがした。それは即ち、閻魔の術が消えていくような…体から毒素が抜けるような感じだ。
「百鬼…」
私は自分の意志で、両腕を百鬼の身体に回すことができた。閻魔は階段の上から私達の元まで飛び降りてくる。口から多量に血を流して、射殺すような眼で私達を睨みつけながら。
「あの日儂の前から消した太陽が…こんなところで復活させることを許しはせん…!消えろ!」
そして目にも留まらぬ速さで、両手に持った銃の銃口を私と百鬼めがけて突き付け、引き金を引いた。
「あぁ……だから弱点だと言ったのに」
ドンッ…という銃声とともに聞こえた気がしたのは、聞いたことのある声。しかしそれが誰のものなのか確認するまでもなく、銃弾が発砲された。
でも、私達に穴をあける銃弾は飛んでこない。
発砲されたそれはあろうことか、閻魔の首後ろから煙を出している。
「お、黄緑……!貴様っ……!?」
…………嘘だ。一体何が起こっているんだろう。どうして黄緑が生きて…いや、黄緑が銃を発砲したんだ……閻魔に!
「哀れですね閻魔様…雑兵だと思っていた部下から裏切られて」
黄緑の持つ銃の銃口からは細い煙が上がり、閻魔首後ろからは血が噴き出た。




