私の視界に残ったのは
「終わりにしようか…百鬼!!」
黄緑さんが仕掛ける。沢山の小刀を百鬼に飛ばして、素早く百鬼の後方に回った。百鬼はそれを二刀で弾き飛ばしてその場から高く飛び上がる。黄緑さんの頭上から二刀を突き立ててそのまま振り降ろすも、黄緑さんはそれを軽々と避けて百鬼の二刀と自分の刀を弾き合わせた。二人の間に間合いが生まれる。
「すっ、すごい…」
目にもとまらない速さでの戦いに五感を支配された気分だ。一瞬でも瞬きをしてしまったらそこで何かが変わってしまうのではないかとすら思える。百鬼の物凄く強い姿は今まで何度も見てきたけれど…黄緑さんはそれに全く引けを取っていない。両者一歩も譲らない熾烈な戦い。私達は目を見張った。
「確か…あの時も結局手合せできずに終わったもんねぇ、百鬼」
黄緑さんがギチギチと鳴っている刀越しに笑う。
「でも僕はあの時から君の弱点を3つ知っている」
「戯言を聞いている暇はない」
「一つ目」
黄緑さんは百鬼の反応を気に留めず続ける。
「右斜め53度からの腰への攻撃」
「っ……!!」
黄緑さんの刀鞘が百鬼の腰を突く。思いきりめり込むそれに、百鬼は苦痛で顔を歪め、よろめいた。
「ほら、立て直しが4倍も遅くなった」
ドッ…!
「百鬼!!」
百鬼が黄緑さんに吹き飛ばされ、閻魔のいる階段へとぶつかる。追うようにそこへ走って行った黄緑さんは、ぶつかったばかりの百鬼へ更に拳を入れた。
「っ…ぐ…!」
百鬼の口から血が飛び出る。しかし黄緑さんの攻撃は止まない。何度も何度も百鬼の身体に殴打をする。
「どうした百鬼!?こんなものか!?僕への復讐心は…!!」
「っ…煩い、奴だっ…!」
「っ!?」
百鬼がそう言うと、何故か殴打しているはずの黄緑さんの手から血が噴き出した。動きを止めた黄緑さんを百鬼が思いきり蹴り飛ばす。黄緑さんは血を吐いて飛ばされる。
「あの時俺に言ったな…冷静さを欠いた人間に俺の首は取れないと…。黄緑、復讐心に取りつかれているのはお前の方だ。だから俺を殴ることに夢中で俺が仕掛けたこの防具に気付きもしない」
百鬼は立ち上がって自分の腹部に纏われていた棘の付いた鎧をとって見せた。そこには黄緑さんの血が付着している。煙の中起き上がってきた黄緑さんは、小さく笑った。
「ふふ…随分得意げな顔をするねぇ…僕は君を嫌えど復讐心なんて抱いたことないさ。ただ邪魔な存在を目の前から抹殺する…それだけだよ」
そう言う黄緑さんに今度は百鬼が仕掛ける。二人の刀が交わる音がして火花が散った。
キィン、ガキィンッ!
怒涛の討ち合いが続く。
「百鬼の弱点、その二…」
「!?」
黄緑さんが伏し目がちに言った。
「左足を踏み込んだ前のめりの攻撃は…通常時よりも剣先が5センチ前に出過ぎる。…故に、下腹部に隙が生じる」
ブシュゥウウッ
黄緑さんの刀が百鬼の下腹部を切り裂いた。
「っ…!!ひゃ、百鬼!」
私の叫び声が響くも、百鬼はそのまま地面へと倒れる。息を荒げて、痛みに耐えている。おばあちゃんも英雄も、囚人たちもみなその光景にどよめいた。そのまま黄緑さんは百鬼に刀を突き立てようと刀を持ち直した。それが目に入って私は息を飲んだ。
「さて…君を完全に動けなくさせた後は、さくらちゃんを使って輪廻転生についてじっくりと調べようか…」
振り降ろされた刃を体に刺さる寸前のところで二刀で止める。それに驚いたような表情を見せた黄緑さんは、口を丸くした。
「あれぇ、まだできたんだ。でもその出血量じゃ厳しいかもね」
「舐め、るな…俺がお前を倒すまで俺は終わらない…」
「そう。じゃぁ君の最後の弱点を教えてあげるよ。それは…………」
黄緑さんの圧の矛先が変わる。それは紛れもなくこちらを向いている。黄緑さんの視線も。投げた数本の小刀も……。それを認識した時には、私の目の前に刃が迫っていた。
_________駄目だ、避けられない。
「それは……優しすぎることさ」
ザシュッ……
「っ………百っ、鬼………」
目の前でスローモーションで崩れていく大事な人の姿に、私は言葉が出ない。私に襲い掛かってきた数本の小刀を百鬼が身代わりになって受け止めた。百鬼の身体には小刀が何本も突き刺さり、血が流れる。
「百鬼!!」
崩れ落ちた音がやけに大きく聞こえた。すぐさま百鬼に寄り添うようにする。百鬼は体を震わせて、それでも尚私に無事か、と聞いた。胸が熱くなる。
「ほら…あの時も今も、自分ではない誰かのために身を粉にする。君はその優しさ故、僕には勝てない。いくらこの地獄で冷酷無慈悲を演じたところで、根本にその甘さが残っているんだよ」
黄緑さんは勝負がついたと判断したのか、刀を鞘に納めた。そしてそれを感知した閻魔が、黄緑さんに話しかける。
「儂の手助けなく勝負着いたようじゃな黄緑」
「ふふ…閻魔様の御手を煩わせることはしないですよ。それより、その二匹の雑兵はどうです?」
「あぁ…腕を上げたと思うたが…所詮は雑兵の中での話じゃ」
与太造と久須郎は血を流して倒れている。それが視界に入った時、身の毛がよだつ思いがした。
「百鬼……与太造、久須郎……!」
みんな、みんなが…。ゆっくりと近寄ってくる黄緑さんに歯をこれでもかというほど噛みしめる。
「そんなに怖い顔しないでよさくらちゃん…。君の騎士は敗れたんだ。今からは僕が代わりに君を護ってあげるよ。さ、こっちにおいで」
「誰が、お前なんかについていくか…!」
「うん、そう言うだろうね君なら。ならその口もう使えないようにしていくよ」
黄緑さんが小刀を手に持つ。そして私の顔に向けて切り裂くようにそれを振った。
しかし、その刃は私のところへ届かない。
「…………囚人風情が、僕に何の真似かな?」
「っ、英雄…!」
「風篠さくら……今のうちに、逃げろ…」
英雄が黄緑さんの刃を落ちていた鉄パイプで止める。筋肉質な英雄の腕が、痙攣を起こしているように震えている。きっと長くはもたない。そして英雄に続くように、囚人のみんなが雄たけびを上げて黄緑さんに襲い掛かる。
「やれやれ…雑兵が何人束になろうと、威力は0なんだけどねぇ」
シュバッ……!
一瞬。本当に一瞬にして、私の周りにいたみんなが、地面に倒れていく。
「みん、な……」
「0にはどんな数字を掛けても0なんだよ」
黄緑さんが血の付いた小刀を宙に放った。
いない。
もう誰も、
私の前に立っているのは……、
「…さ、ようやく終わった。さくらちゃん、これで観念できたよね」
もう、この悪魔のような男と上から眺める閻魔だけだ。




