陽の光を消すがよい
「こやつがあの暴君百鬼の心を変えた囚人…非常に興味深い生命体じゃ」
松明の炎がぶわっと大きく揺れる。そこに見えた人物…閻魔の姿を、私は初めて見た。大きな赤い瞳に、牛のような2本の角、鋭い八重歯は獲物を一瞬で噛み殺してしまうかのように光っている。そして思った。これは…閻魔は…
「お、思ってた感じと、違う…」
「ぷぷっ、え?何だってさくらちゃん?」
思わず出た発言に、黄緑さんが吹き出して笑った。だって、本当に想像していたような姿とは違ったのだ。閻魔という人が地獄にいるということは、何というか、空想の物語のものとしては知っていた。小さい頃ママに読んでもらっていた絵本にも出てきていて、悪いことをしたら地獄に落ちて閻魔様に舌を抜かれてしまうんだよ、とはよく言われたものだ。
そう、そこで見ていた閻魔の絵がまた子どもにしたら怖い怖い。大きな体と般若のような顔で、右手には舌を抜くためのペンチを持っているのだ。それが閻魔の姿だと勝手にイメージを固めてしまったが故に、今目の前にしている閻魔に違和感を覚えられずにいられなかったわけだ。
「閻魔様って、もっと巨人のように大きくて怖い見た目だと思ってた…のに」
「のに?」
「意外と…可愛い感じ」
可愛い、と言えば黄緑さんは更に吹き出す。間違った表現ではないと思っている。私と同じくらいの小柄な感じで、頭から角が生えているものの顔は綺麗に整っていると思う。赤い眼は狂気に満ちているが、全体のインパクトとしてはそんな感じだ。
「あはは!やっぱりさくらちゃんは面白いなぁ。ね、閻魔様、百鬼が変えられるのもわかりません?」
黄緑さんの視線の先にいる閻魔は明らかに顔が引きつっているが…。いや、きっと私の発言が原因だから何も言えないけれど。
「囚人…お前儂をおちょくっておるのか?」
「い、いえおちょくってなんてないですけど…!っあっ……でも、」
言葉を溜める私に閻魔は首を傾げる。
「百鬼のことを苦しめたのは…許せない、です」
閻魔は一瞬赤い眼をピク、と動かした。座っていた椅子から腰を上げて、高い階段の上からふわっと私の目の前まで舞い降りてくる。いきなり近付いた圧に、ドクンと心臓が跳ね、冷や汗が伝う。
「成程…これは実に不愉快な…いや、面白いと言おうかのう。お前のその眼…確かに似ている」
「っ…」
長い赤爪の目立つ手で、私の目の下を触る。怖い。この爪で眼球を抉りとられるのか?角で突き刺されるのか?牙で噛みつかれるのか?そんなことを一瞬で想像してしまうほど、閻魔の放つ圧に体が拒否反応を起こす。似ている…一体誰とだろうか。閻魔は口元を吊り上げて言った。
「まるで百鬼の両親…そしてあの時の百鬼と同じ眼をしておる。このような眼を見るのは何百年振りか」
…!百鬼の、両親…!
“奴は特殊な能力で、自分の触れたものを操ることができる。自分に盾突く俺達を消すために俺を操り、既に看守となっていた両親の首を跳ねた。そしてその後、俺の首を跳ね、俺を看守にした”
「儂の大嫌いな…太陽よ」
“…閻魔は永久に閉じ込めたかったんだろう、太陽を”
ぐっ…!
勝手に拳に力が入る。
「お前がっ…百鬼を…百鬼の両親を苦しめた…!何の罪もない人たちをいたぶった!」
「よもや地獄でそのような言葉を聞くことになるとは。しかし勘違いも甚だしいぞ。この地獄に太陽など必要ない。これまでもこれからもじゃ。奴らはそれを持ち込んだ。十分に罪深きことぞ……そして、お前も例外ではない」
閻魔はそう言うと私の顔から手を離し、くるりと背を向けた。
「黄緑…百鬼は心変わりしたとして、またこやつのような眼をしているのではないな?」
「……徐々に本来の自分を取り戻してきています」
「ほう…それはまた、可哀想な話じゃ。……黄緑」
「はい」
「こやつらの陽を沈めよ」
「……………………勿論、おっしゃるとおりに」
黄緑さんの返事に、閻魔はふ、と笑って階段の上へ飛んだ。どうやらそこから、今から始まる何かを眺めるようだ。黄緑さんと視線が交わる。今までと違う冷たい視線に、体が小さく跳ねた。
「そう怖がらないでさくらちゃん…僕は君に優しくしたいんだ」
「…!?」
「百鬼の陽を沈めるには、君を百鬼の前から消すしかない。そして君もまた…輪廻転生することでこの地獄から消えて生まれ変われる。望み通りでしょ?」
「私はっ…」
…………私は?
いつもなら流れるように出て来る言葉が、喉の奥でつっかえた。
私は……人間界に帰りたいのか。それとも、ここで百鬼と…。いつからか定まらなくなってしまった気持ちに整理がつかないまま過ごしてきた日々が思い出される。
「ふふ、どうやら迷ってるみたいだね…。巻物には何て書いてあったんだい?」
「っ…答える必要がないわ…」
「ふぅん。さくらちゃんさぁ、頑固なのもいいけど、ちょっと不思議に思わなかった?」
「…?」
「どうして久須郎の毒で動けないはずの僕がこうしているのか」
突然黄緑さんの話が飛んで、私は頭にハテナを浮かべる。黄緑さんがこうしている理由。深くは考えていなかった。何も答えられずにいると、黄緑さんはくすっと笑う。
「教えてあげるよ。百鬼直属の優秀な優秀なお医者さんのご奉仕だってね…」
ギイィ、と私の横にあった石壁がカラクリのように回り始めた。そこで私の目に映ったものは、一瞬で私を氷付かせた。
石壁が回って私の横に現れたもの、それは、体を私と同じように縛り付けられ、顔や体に血痕を作った男の子……
「だっ……団寿っ……!!」
全身の血液が引いていくような感じがした。
「これを見ても、まだ白状しないかい?」
黄緑さんは私を試すようにして笑い、団寿に取り出したナイフを近付ける。団寿はきっと黄緑さんの手当てを拒否したのだろう。体中に暴行の傷がある。団寿は気を失っているのか、首がだらんと下へ下がったまま話さない。
「やめろっ…!団寿にこれ以上手を出すな!」
「さくらちゃんがさっさと白状しないと、その望み叶わないよ」
「っ…!巻物には、囚人桃太郎の話が書いてあるだけだった…!僕は太陽を手に入れたんです、の続きは読めなくなってて…!」
「…僕は太陽を手に入れたんです?囚人桃太郎の話は何百回と聞いたけど…そんなところ知らないなぁ。それで?」
「それでっ…桃太郎は輪廻転生してまた桃の中に戻ったっていう…!」
黄緑さんは私の話を半信半疑で聞いているようだった。ナイフを指でするすると回して、つまりは看守になったはずの桃太郎も輪廻転生できたってわけだね。その条件が太陽…。と呟いた。そして私の顔をじっと見つめる。
「太陽、ねぇ…。僕の輪廻転生の見解は“優しさ”だと思っていたけど…そっちなんだ。じゃぁ、さくらちゃんや百鬼の目玉をくり抜いたら輪廻転生できるのかな?」
「!!!!」
黄緑さんの手がゆっくりと私の目に近付いてくる。私は恐怖から声すら出なかった。




