その姿は人間のそれだ
百鬼に扮して私を捕えたのは黄緑さんだった。目の前にある顔が百鬼から黄緑さんへと変わっていく。すると周りの景色も急に一変した。百鬼や久須郎、与太造に倒されたはずの看守達はまだ武器を持って戦っている。それすらも黄緑さんの幻覚だったのだ。久須郎と与太造は倒しても倒しても起き上がってくる看守達の相手をしていた。
「百鬼!」
黄緑さんに抱えられたまま百鬼の方を向いて叫ぶ。百鬼は宙へ飛び上がり、黄緑さんを斬りつけようと刀を振るった。
「斬れるのかい?百鬼」
「!!」
体がぐわんと前へ出る。私は黄緑さんの力によって、斬りかかってくる百鬼の目の前に押し出された。黄緑さんは私を身代わりにした、というわけだ。百鬼は二刀を持つ手をギリギリで止める。
「隙ができたよ」
ブシュァアアアッ…
「っあぁっ…!!ひゃ、百鬼!!」
黄緑さんの前に私が出たことで、手を止めた百鬼を、黄緑さんの刀が斬り裂いた。目の前まで来ていた百鬼は、体から血を吹き出して落ちていく。その光景が頭に焼き付いて、やけにスローモーションに感じた。視界が赤く染まっていく。一生懸命手を伸ばすも、黄緑さんがそれを阻んだ。
「嫌っ…!離して!離せ!!百鬼が!!」
「もう、乱暴だなぁさくらちゃん。百鬼は君を前にして君ごと僕を斬ることよりも僕に斬られることを選んだ。立派じゃないの、僕の恋敵」
「ふざけんなっ…!いいから離せ!」
「あらら。ご機嫌斜めみたいだね。まぁいいや。百鬼がまた斬りかかってこないうちに行くよ」
黄緑さんは再び私を無理矢理抱えようとするが、私はそれを拒み、黄緑さんに蹴りかかる.
しかしその蹴りは黄緑さんによっていとも簡単に止められてしまう。
「っ…!」
「気が強い女の子は好みだけど、気が強すぎる女の子は苦手だなぁ。さくらちゃん、僕には何の攻撃も通用しないよ」
そう言われると、首の後ろにトン、と衝撃が入る。目の前がすぐに暗くなっていく_______。
「百……鬼……、」
最後に力なく発した言葉は、自分の耳にすら届かなかった。
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「百鬼っ…!どうなってんだってのこれ!」
体からドクドクと血を流す百鬼の元へ、戦いを終えた久須郎が駆け寄る。そこには既に与太造がおり、自分の治療薬を百鬼に分け与えているところだった。
「畜生…黄緑の奴が…!復活してたなんてな…!このやろう!」
「黄緑っ…!?そんな馬鹿な…あいつは俺の毒で動けねぇっての…!」
「……っ、どういうはずか、黄緑が…幻覚を使い俺に扮し、さくらを…連れて行きやがった…!」
「なっ、あの女攫われたってのか!?」
「っ…行き先は、恐らく閻魔の元…今すぐに俺も追いかける…」
「い、今すぐっつったって、お前すげぇ血じゃねぇかよ…」
久須郎は改めて地面に広がっている百鬼の血を見て眉を潜めた。
「でかぶつ、もういい…」
久須郎の様子も気にすることなく、百鬼は手当てをしていた与太造の横に、体を軋ませながら立ち上がった。
「おい!まだ全然傷が…!」
「早く行かなければ…あいつらさくらに何をするか分からない…俺の傷なんてどうでもいい」
血を垂れ流してまで閻魔と黄緑の元へ進んでいく百鬼の背中を見て、与太造は拳に力が入る。
「あの冷徹無慈悲と言われたお前を…ここまで変える力が、風篠さくらにはあるんだな…」
そしてそう呟いた。
「おい百鬼…なのにお前どうして、風篠さくらの気持ちを受け取らなかった、このやろう」
与太造の問いかけに、百鬼は足を止めた。
“「私…百鬼と離れるくらいだったら、人間界には_____」”
“「………………」”
“「百……鬼、?」”
“「………………シャワーでも、浴びて来い」”
百鬼の中に思い出される記憶。さくらの言葉の先を聞くのを拒んだ自分。百鬼は赤い空を見上げ、与太造に背中を向けたまま答えた。
「俺には……あの太陽はでかすぎる。例えあいつが俺にどんな感情を抱こうと…例え俺があいつにどんな感情を抱こうと、あいつはここにいるべき人間じゃない。人間界へ帰るべきだ」
そう言った百鬼の背中は、今まで感じていた冷酷無慈悲な鬼の背中ではなく、ただ愛する者を護りたい人間の背中に見えた。そしてそれが、与太造の母と重なる。与太造は唇を噛みしめた。
「それに……たまに揺らいでしまいそうになる」
「……?」
「このまま自分が復讐を忘れて閻魔にならずしたら…この地獄でも、あいつと一緒にいられるんじゃないかと…その先の言葉を聞き終えてしまったら、自分に戻れなくなると」
「……!」
与太造は、この地獄で切ない、と言う気持ちを取り戻した気がした。さくらも百鬼も、結局お互いのことを想って自分のことは後回し。思いは重なっているのに、きっと、報われない__________。何だか無性に切なくなったのだ。
「…ったくよ、どいつもこいつも、強い顔しやがって…このやろう」
“本当に強い人は、大切なもののために戦える人。大切な何かのために…命をかけて、時には自分を犠牲にして…それでも護り通そうと戦った人のことだよ”
あの時のさくらの声が聞こえてくるようだった。久須郎もまたいつもと違う眼で百鬼のことを見つめている。
「…行くか。風篠さくらを取り戻しに、閻魔様の元へ」
与太造は腹を括ったかのように、百鬼と久須郎に向けてそう言った。目指すは閻魔のいる地獄玉座。3人は迷うことない足取りでそこへ向かった。
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「っあ、も、もうやめてくださいっ…!」
響き渡る打撃音、嗚咽、悲鳴。閻魔の居場所である地獄玉座にはまさに地獄らしいそんな音が鳴り響いていた。
ボコッ、ドカッ、バキッ!
「ぐ、あぁあああ、!許してくれぇえ、!」
「許すかボケぇええ!さっさと百鬼のところに行かせろぉおお」
「ぐはぁっ!だ、駄目です黄緑様この女馬鹿強すぎますぅぅう!」
「ちょ、さくらちゃん何で君が看守シバいてるんだい」
黄緑さんは困惑して私にツッコミを入れた。自分で自分のことを獣かと思ったのはムエタイの大会でゴリラ女と戦って以来だから2度目だ。ここに連れてこられて目が覚めて否や、黄緑さん直属の看守達が縛り付けられている私の身体を無造作にシバこうとしたものだから、噛みついたり引っ掻いたり蹴ったりと返り討ちにしたまでだ。
ここは地獄玉座というらしい。建物の中なのだろう、辺りはコンクリートでできており、明かりもついている。すぐ近くに高い階段があって、その上には松明につけられた炎が燃えている。私は壁際に磔にされるかのように胴の部分を縄で縛られているが、手足は動く。詰めが甘かったな黄緑さん。
「うーん、流石バイオレンスガールだねぇさくらちゃん。これ以上看守とやり合わせても無駄だね。さっさと白状してもらおうかなぁ」
「白状……?」
「輪廻転生の巻物に書かれていた内容についてね」
君の着物の中には入っていなかったから百鬼が持っているんだね、と黄緑さんは付け足し笑顔で正面まで近寄ってきた。
「輪廻転生についての秘密が書いてあったんでしょ…?今からさくらちゃんに実践してもらわなきゃなんだから、説明してよ」
「…!誰が説明なんてするか…!」
私がそう啖呵を切ると、上の方から吹き出すような笑い声が聞こえてきた。それだけじゃない、尋常ではない圧も一緒に私のところへ降りてくる。階段の上…松明のあるところからだ。
「噂に聞いた通り…この重罪人女、肝が据わっているのう…黄緑」
その人物は、黄緑さんの名前を呼んだ。それに対して黄緑さんも、ふう、と溜息をついて答える。
「もう我慢できなくなられたのです?……閻魔様」
閻魔……!この階段の上にいるのが、。
私は音がするほど大きく唾を飲み込んだ。




