ライバルはいつだって損な役回りさ
「私、百鬼のことが好き」
ドクン、ドクン。心臓が飛び出しそうだ。
言って、しまった____。百鬼の目が見開かれているところを見れば、百鬼も相当驚いているようだった。一世一代の告白をしたのだと自覚してくるにつれて、私の顔に段々と熱が集まってくる。炎が赤くて助かった。きっとこの頬の赤さを隠してくれる。百鬼からの反応を待つ私。しかし驚き過ぎているのか、百鬼は固まったままだった。
「ご、ごめんね…突然。その、ただ私の気持ちを知っていてほしかったから…」
ここで妙な胸騒ぎがする。気持ちを知っていてほしかったから?それだけ?と心の中の自分の声が聞こえてくるようだった。
「私…百鬼と離れるくらいだったら、人間界には_____」
_________あれ、。何?
私の言葉が百鬼の手によって止められた。口元に百鬼の大きな手が当たって、それ以上言葉を紡ぐのを抑止する百鬼。
________どうして?
「………………」
「百……鬼、?」
「………………シャワーでも、浴びて来い」
「………………え、?」
百鬼は目線を下に伏せたままそう言うと、私の口から手を外し、私に背中を向けた。
………………拒まれた、?
目線も合わせてくれなくなった百鬼に、私は拒まれたような気持ちになる。暫く動けないままでいるも、何かが変わることはなかった。
あぁ私、百鬼に拒まれたんだ。
こんなことを思ってたのは、私だけだったんだ。
そう思った途端、思わず涙が零れ落ちてしまいそうで、それを必死に阻止するために勢いよく立ち上がり、行ってくるね、とだけ声を掛けて足早に百鬼のいるこの部屋を後にした。
拒まれた、迷惑だったみたいだ。
そう思えば思うほど、足が速くなって、いつの間にかシャワー室でもなく外に出ていた。吸い込んだ空気は、ひんやりと冷たい。私は一つ大きく息を吸った。その時に見上げた月がまるで百鬼と一緒に見た時のように綺麗に輝いていて、それが余計に悲しい気持ちにさせた。
「っ…」
とうとう涙が零れ落ちた。私は地獄に来てから泣き虫になったと思う。けど、この涙は今までのものとは違う。違うところがキュッと締まる痛みだ。
「…………は?風篠、さくら?」
「っあ…」
一人で天を仰いで泣いている奇妙な女…私の名前を呼んだのは、紛れもなく与太造だ。自分の選んだ真ん中の民家の外に出て何かをしていた与太造は私の姿に驚いている。お互い何とも言えない空気感になるも、初めに正気を取り戻した私が全てを誤魔化すかのように、お休み、と言ってこの場は収まった。
ように思えた。
「お前…泣いてんのか?このやろう」
シャワー室へ向おうとした足が止められる。何も答えず中に入っていくのも、体裁が悪い。こんな時まで体裁なんかを気にしている私はやっぱり日本人だなと思いつつも、私は与太造の方を振り向かずに答えた。
「そっ…そんなことないよ?多分それ流れ星じゃない?」
「何でお前の目から流れ星が流れてるんだよこのやろう。ファンタジーか」
「ちぇえ…」
流石にファンタジスタのフリでは与太造を誤魔化すことはできなかったようだ。泣いていることがばれてしまった。
「百鬼と夫婦喧嘩でもしたか」
「……夫婦じゃないし、」
「喧嘩は否定しないんだな、このやろう」
「いや別に喧嘩でもないんだけど……」
ただただ私が独りよがりだっただけだ。与太造は口ごもる私を見兼ねたのか、はぁー、と盛大にため息をついて、おい、と再び声を掛けてきた。何だ、うじうじしてんじゃねぇ、みっともねぇぞこのやろう!とか言われるのか?
「……まぁ、その、話くらいは……聞いてやるよ、このやろう…」
「……………………………へ?」
斜め上を見上げて、ポリポリと頬を掻いている。これには予想外が過ぎて思わずすっとんきょんな声が出た。
「ど、どうするんだよ、このやろう」
「…与太造……頭でも打ったの?」
「てめぇ!人の地獄での初の親切心を!」
親切心、そうだったのか。やっぱりこの人は地獄の番人としてお勤めではないときは基本いい人だ…。私は与太造のけなげな姿にくすっと笑って、ありがとうを告げた。すぐ近くにあった座れそうな石の上に二人で腰を掛けて、私は涙を拭った。
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「…なるほど、な」
私の想像よりも与太造は遥かに真剣に話を聞いてくれた。時に頷いて共感してくれるような素振りもしてくれた。例え勘違いだったとしても静かに話を聞いてくれただけで満足だ。
「自分の気持ちを知っておいてほしいだけとか…上っ面の名目だけ立てて心の奥底では百鬼からの見返りを求めてた」
だからこそ返事がなかったこと、話を逸らされてしまったことで自分だけがこんな気持ちだったのだと思い知らされて勝手に悲しくなったのだ。私の気持ちを百鬼が知っていてくれればそれでいいとか、そんなのは大きな間違いだ。私は百鬼の気持ちをも知りたかったのだ。
「…」
「…与太造?」
「…ちっ、くそ…」
「え、えっ、何怒ってるの?」
真剣モードになっていたはずの与太造は突然何かに対して怒りを露わにし始めた。流石にガタイのいい番人なだけあって、いきなり自分の膝をドン!と叩かれるだけで地響きがなるような衝撃が起こり、こちらも驚く。私があたふたとし始めると、与太造はまたもや予想外のことを言い始めた。
「お、俺は…こういう時に何て言ったらいいか、皆目見当がつかねぇ!このやろう!」
ドン!と効果音が付きそうなほど言い切った与太造に、遅れて笑いが込み上げてきた。
「あははは、何それ、どういうこと?」
「だ、だからなぁ、俺はこういう時は何か言わなきゃと思って必死に考えてたんだろうがっ…わ、笑ってんじゃ風篠さくら、このやろう!」
「ぷ、あはは。与太造、やっぱりいい人だね」
私がそう言うと、与太造はまだ何か言いたげな顔をしたが、顔を赤く染めて照れたように、ちっ、と舌打ちを一つした。
「大丈夫だよ、話を聞いてくれただけでも嬉しいよ」
「う、お、おぉう…俺は別に、その…お、お前に借り作ったままじゃ嫌だからよ!このやろう!」
「借り?何の?」
「は、はぁ!?ま、前戦った時にお前が色々…言っただろうが!」
与太造の言う色々とは、本当に強い人は大切なものを護り通そうと戦った人、だとか、与太造も立派な強い人だよ、だとからしい。今思い出せばちょっと恥ずかしい。けれど確かにあの時は必死な思いで発した言葉だ。与太造の心にそれをまだ置いておいてくれているらしい。
「お、お前があの時俺の前に現れてなかったら…多分俺は母さんや親父にここで会うこともなく、今も闇の中を…過ごしてたぜ、このやろう」
「…与太造」
「だから、お前に借り作ったままじゃかっこつかねぇだろうが…このやろう」
「ふふ…そうだね。でもそういうの、借りを返すっていうより、恩を返したいのにって変換して聞こえるよ」
「なっ…そ、それはなぁ、」
「私は貸しだなんて思ってないよ。だから余計な事考えなくても大丈夫。ありがとね」
「…だぁあっ、俺が励まされてどうすんだよこのやろう…!」
与太造はまた頭を悩ませていた。可愛いところあるじゃんか、こんな図体してるくせに、と思ったのは内緒だ。
「お前こそ…優しすぎるだろ。お前がそんなに心配しなくても、百鬼は間違いなくお前のことを…大事に思ってるに違いねぇぜ、このやろう」
その言葉に、目を見開いた。
「あの冷酷無慈悲の百鬼が…ここまで誰かに思い入れているのは初めてだ。告白云々は俺には難しすぎて分からねぇが…お前を特別だと思っているのは間違いねぇぜ、断言できる」
…与太造、ありがとう。その真っ直ぐな言葉が、とても嬉しいよ。私は与太造にありがとうとごめんねを伝え、百鬼の元へ戻ることにした。しっかり励まされたこともちゃんと伝えて。
「……百鬼の名前出しただけであんな顔されちゃ…俺の入る隙は微塵もなさそうだなぁ、このやろう」
与太造がその後も暫く空を見上げていたことを、私は知らない。




