蓋をしたものには触れないでくれ
「んほほ…どいつもこいつも…共闘とは、地獄の番人たる者の意識が足りないようですねぇ…」
「別に仲間意識があるわけじゃねぇ…何ならお前に個人的な恨みを晴らすこともできるもんでな、このやろう」
「与太造くん…私はとりわけあなたから恨みをもたれるような覚えはありませんが」
「俺のこの左肩に得体の知れねぇ薬品かけて壊死させたろーが。十分恨みになりうると思うが?」
「口を開かぬ貝に熱を浴びせただけの事です」
「俺だってお前にゃ恨みつらみがあんだっての…お前俺に協力するフリして百鬼の野郎に俺の情報漏らしただろ!」
「はて…記憶にすらありませんねぇ」
「しらばっくれてんじゃねぇっての!」
興奮し始める久須郎をまたもや与太造がセーブする。一挙に味方を増やした私達に、冷静さを保っているように見える歳ノ成だがかなり腹立たしそうな顔をしている。折れた腕と私達を見て、目の下を痙攣させた。そして、今更…と言葉を発した。
「太陽のような光に今更感化されたとして…あなた達の根っこに染みついている悪人の魂が抜けることなんてありませんよ…人はそう簡単には変われない」
「俺らだってそう思ってたさ…現に変われたのかなんて分かりゃしねぇ。だが、心に大事なもんを見付けた。ただそれだけでいい、このやろう」
「言ったはずです…人間の心とはこの世で最も化学から縁遠いものだと。そんなものに固執すること自体が無益だと。自分以外は皆己の駒に過ぎません。心を売れば利用されるのみ…だったら私が利用するまで、んほほ」
「っ…だから…あんたのことをあんなにも慕ってくれていた空参をも…」
私の言葉に歳ノ成は首を傾げて反応を示した。
「何度も言わせないでください…全てはただの駒です。私は彼に駒としての感情以外何も抱いてはいない」
「っ…!」
“さくら…同じ苦しみを味わった者にしか、分からないことがある…。利用され続けるのは、とても辛く寂しい…。だがお前には、そこの最強の番人が、いる…だからもう大丈夫、だ”
空参がどんな思いでこいつに仕えていたのか…そしてどんな思いで死んでいったかを知っているからだろうか…拳の疼きが止まなかった。そしてどうしても考えに一つも賛同できなかった。こいつには…歩み寄る余地もない。
「人は駒なんかじゃない…利用するものでもない。喜びや悲しみを一緒に分かち合うことができる仲間よ」
ぐっと奥歯を噛みしめて、そう言い切った。歳ノ成は私のその態度が癪に障ったのか、まだ砕かれていない左手を再び勢いよく私の首目掛けて伸ばしてくる。
「んほほ…!あなたのような非科学的な人間は早いところ地獄から消えてください!目障りだ!」
「っ……!」
逃げない、戦う。急速に近付いてくる左腕に、渾身の力を込めてムエタイ必殺回し蹴りをかます。歳ノ成の硬い腕の物凄い力に体が吹き飛びそうになったと思ったら、私の背中から与太造が強靭な筋肉で私が吹き飛ばないよう支えていてくれたことに気が付く。
「力を緩めるんじゃねぇっての風篠さくらぁ!」
久須郎もまた私の左側から歳ノ成の左腕に拳を入れた。
「……押し切るぞ、…一斉に」
百鬼も右側から。同じく自らの拳で歳ノ成を打った。
「…………うん、!」
おおおおお!雄叫びを上げる私達。鉄のように硬い歳ノ成の腕を、四人の力で息を合わせて押しまかせる。次第にミシ、ミシッ…と音がすると、歳ノ成の腕が綻び始めた。
「なっ…!何故こんな囚人に…!私の科学が!?」
「みんなの力だよっ…!!いっけぇえええええええ!」
ドゴォンッ…
全員で勢いよく押し切ると、歳ノ成の腕は砕け、体は後方へと吹き飛んで行った。硬くなった体が岩山へ強打し、それ自体が崩れ去っていく。がらがらと岩が崩れ落ちていく中、私は確かに仲間たちの力の大きさを感じ取っていた。ここにいる人だけじゃない。団寿に空参、久須郎と与太造を手当てしてくれた百鬼の部下達…みんなの力が重なって、今の一撃を出すことができた。確かに心の中で、みんなが私に力を貸してくれた。
歳ノ成は、体の上に乗った岩山をどかして起き上がることはなく地面に横たわったまま動かない。そして薬によって硬化していた体が徐々に元へ戻っていった。その様子に私は足や拳から力を抜く。
「はぁ、はぁ…や、ったの…?」
「……どうやら、そのようだ」
隣りで百鬼が静かにそう言った。久須郎は呆気ねぇなと鼻を鳴らし、与太造はよくやった、このやろう。と褒めてくれた。
「……みんなの、お陰だよ。私だけの力じゃない」
「ったりめぇだろ風篠さくら!9割俺のお陰だっての!」
「黙れ蛇小僧。煩いから首を跳ねるぞ」
「理不尽だっての百鬼!」
「懲りねぇなぁ久須郎、このやろう…」
戦いが終わったことをみんな感じ取ったのか、顔を緩ませて話をし出す。久須郎が百鬼に芝かれている時に、歳ノ成の方から数個の岩が転がる音がした。みんな一斉に殺気を取り戻し、そちらを見る。
「…科学は、必ず答えを持っていると…そう、思っていたんですがねぇ…」
「…!?」
歳ノ成は、小さな声でそう呟き、たくさん血を吐いた口で小さく笑った。最早攻撃意志は感じない。この言葉もどこか独り言かのようだ。
:
そう…私は答えを求めて科学に魅了されていった____。そしてそれとは最も遠くくだらないものこそが心だと悟った。それを悟ったのは何時でしたかねぇ。
ただ私は、あの時私を捨てたにもかかわらず泣いていた母の心が知りたくて____。科学とは、物事の答えが分かるらしい。そんな誰かの言葉を信じてこの世界に入った。
「…母さん?何処に行くんです?」
「……すぐに帰ってくるから、待っていてね…」
パタン。閉じられた扉の音がいつもよりも大きく感じた。母さんが涙を流していたからかもしれない。心のどこかで、もう母さんは帰ってこないことを子どもながらに分かってしまったからかもしれない。
分からない。
どれだけ考察を重ねても、実験を重ねても、明確な答えが得られなかった。いつしか私は、考えるのを止めた。心を動かすのを止めた。そしてそれ自体に苦痛さえも覚えた。そう、心こそが答えとは最も遠いもの。そして最も無駄なもの。
知ろうともがくから苦しくなる。欲しいと期待するから枯渇する。だったらそんなもの不要。私には答えをもつ科学のみがあればいい。他人は全て駒。利用するものなのだと、切に思った。
さくらサン…あなたは仲間だ何だと戯言を言っていましたが…私は私さえ、輪廻転生できれば誰一人として横にいてくれなくたって…構わないですよ。仲間、心…そんな不確かで答えのないもの、私は要らない。
……そう、そう思っていたのに…。
:
「…あなた達を見て少し羨ましいと思うなんて…私も落ちぶれたもんですねぇ…んほほ、どうやらあなた達は…私の見つけられなかった答えを、知っているらしい、」
________歳ノ成?
ガラガラガラ!!
「あぁ!!」
歳ノ成の上に先程とは比べものにならないほどの瓦礫が落ちる。すぐに見えなくなっていった姿_______最後の一瞬、私の目に映った歳ノ成の表情は…とても敵と思えるようなものではなった。




