これは仲がいいってことですかね
「んほほ…さ、て。悪夢に陥ってもらっている間に巻物とさくらサンを手に入れますかね」
地面に横たわった後動かない二人を眺め、歳ノ成はそう呟いた。
「巻物はさくらサンがもっているような口ぶりでしたが…恐らく百鬼クンによるフェイク。
狡い男です」
歳ノ成はうつ伏せになっていた百鬼の身体を足で仰向けに転がし、着流しの襟元から手を入れる。巻物の感覚を感じてそれを掴み取り出そうとした時、自分の腕が何かに止められたことに気が付いた。
「……、すな」
「っ……な…!?」
それを制御したのは眠っているはずの百鬼。瞼を小さく開けて、動かないはずの手で確かに歳ノ成の腕を掴んだ。これには歳ノ成も驚いて、目を見開いた。
「あいつを泣かすな…!」
眠りから覚めた百鬼は眼を血眼にさせてそう言うと、掴んでいた歳ノ成の腕を力任せに曲げる。ゴキ、と、骨が折れる音がした。
「っぐぁっ…!なっ…どうなってるんですっ…!?」
歳ノ成はあまりの痛みに体を後ろへよろけさせ、尻餅をついた。立ち上がった百鬼は鋭い眼で歳ノ成を見下し、もう一度言う、と低い声で言った。
「あいつを……泣かすなよ」
百鬼の渾身の拳が歳ノ成の顔面に入った。
体を吹き飛ばされた歳ノ成は、頭や手、足などから血を流す。その時に瞼を開けたさくらは、自分の前で立ち上がっている百鬼を見て、目覚めたのだと、安心した。そして気が付く。雨が上がった、と。
「百鬼…」
「…あぁ」
交わす言葉は少なくとも、今のさくらにはそれで十分だった。さくらも体に力を入れて立ち上がり、辺りを見回す。遠くに横たわっている歳ノ成を見付けて、驚いた。
「えっ…百鬼がやっつけたの?」
「……まだ、だがな」
百鬼の言葉通り、歳ノ成はむくりと起き上がる。そのまま自分の手に怪しい液体を垂らしたと思えば、歳ノ成の右手が急速に伸び、目にも留まらぬ速さでさくらの方へ伸びていった。
「っ、!」
百鬼はそれを察知し二刀で歳ノ成の手を切り裂くも、あまりの硬さに二刀が弾かれる。
「っうぅ!」
「さくら!」
歳ノ成の腕はさくらの首を掴んだ。そのままさくらの身体を宙へ持ち上げ、首を締め上げる。
「何故あの悪夢から目覚められたのかはこの際もうどうでもいい…あなたにはここで苦しんで輪廻転生してもらいますよ…!!」
「かっ…はっ…」
狂気に満ちた歳ノ成の眼は最早人ではなく獣だ。自分の目的のためになら手段を選ばず執着する、動物的本能に支配されたような眼。そんな歳ノ成に、腕が駄目ならと遠くにいる体に斬りかかっていく百鬼。だがそこで目にしたのは、歳ノ成の身体事態も灰色に変色し、硬化していく姿だ。
「んほほ…!百鬼クン、残念でしたねぇ…この薬はあらゆるものを鉄の強度以上を誇る物質へと変える。もうあなたに私の首は落とせないんですよ…」
「…!」
斬っても、斬っても。歳ノ成の身体は百鬼の刀を弾いた。さくらからは苦しみの声が漏れるも、それもだんだん小さくなっていく。
「てめぇ…!」
「あくまでさくらサンのために悪夢を蹴散らし、私に斬りかかるあなたの姿勢には本当に虫唾が走りましたよ…。実に非科学的。ですが結局、結果は予想通りでしたねぇ…」
「離せ!!」
「諦めの悪い下等生物です」
歳ノ成の手の中でさくらはだんだんと気を失いかけていく。
______落ちた。
歳ノ成がそう口元を歪ませたとき、歳ノ成の手から、さくらの身体が離れた。
…いや、正確には、歳ノ成の硬い腕が、何かの衝撃によって破壊されたのだ。
「っうっ…!」
「さくら!」
地面に落ちていくさくらの身体を百鬼が受け止める。咳き込むさくらを百鬼が歳ノ成から遠ざけ、大丈夫か!?と声を掛けた。
「げほっ、げほっ…、はぁ、」
「おい、しっかりしろ…!」
「…は…、百鬼の、そんな困った顔、初めて、見たよ…」
「…!」
拍子抜けしてしまうようなさくらの言葉に、百鬼は心から安心してはぁ、と安どのため息を一つついた。全く、こんな時までお前は…と薄ら笑みが浮かんできて、さくらを優しく地面に降ろす。それにしても、一体どうして歳ノ成の腕が破壊されたんだと百鬼が視線をそちらに戻すとそこには、目を疑う光景が広がっていた。
「よぉ百鬼…随分と苦戦してるみてぇだけど、お前俺と戦った時より弱くなったんじゃねぇの?」
首に巻かれた二匹の蛇。捕食者のような鋭い眼、まだあどけなさの残る顔立ちにうねりのある赤色のマッシュヘア。
「おいおい…この程度の硬さの物斬れねぇんじゃ、力が足りねぇんじゃねぇか?このやろう」
頭身よりも大きな金棒。大きな体に備わった隙のない筋肉、そして光り輝くスキンヘッド。
「……!?お前ら…」
「久須郎!与太造!」
驚いている百鬼に変わって、さくらが二人の名前を呼んだ。二人はあらゆる場所に包帯を巻きつけて怪我をしているようだが、その姿は健在だ。与太造の口ぶりからするに、歳ノ成の腕を砕いたのは、与太造の金棒での打撃だ。つまり……百鬼とさくらを助けた、ということになる。さくらはその事実に、心から嬉しそうな顔をした。嫌味を言われた百鬼は少し複雑な顔をしているが。
「だっせぇっての。ぎゃはは、百鬼が苦戦してるの見るのって面白れぇぜ!風篠さくら一人庇うのにどんだけやられて…いだぁっ!!」
「おい蛇小僧…あの時俺が生かしてやった命…ここで捨てたいのか?」
「囚人の時俺の首跳ねた時点で一回俺の事殺してんのによく言うっての!もういいっての!今からお前に復讐してやらぁ百鬼!」
「おい久須郎!話が違う方に行こうとしてんじゃねぇか!俺達はまがいなりにも一応こいつらのこと助けに来たんだろ!このやろう!」
「俺を助ける?でかぶつ…お前もいつからそんな上からモノを言うようになった?蛇小僧の前にお前からやってやろうか」
「上等じゃねぇかこのやろう…!おい久須郎作戦変更だ!歳ノ成の前にこの冷徹無慈悲のクソ番人から片付けるぞ!」
「お前も流されてんじゃんかハゲ!!」
「あぁぁ、ちょっともうみんなストップだって!」
顔付き合わせるなりメンチを切り合う3人を、さくらが間に入って止める。仲がいいのか悪いのか分からない。いや、よくはないか…。殺し合っていたわけだし。でも、何だろう。口ではこう言っているものの、二人からは百鬼に対しても自分に対しても敵意は感じない、とさくらは感じていた。そんな考えが顔に出ていたのだろうか、声に出ていたのだろうか、わーぎゃーと騒ぐ三人が喧嘩を止めてさくらを見る。
「……何笑ってんだっての、風篠さくら」
「あ、いや…嬉しかったの。二人が私達を助けるためにここまで来てくれたこと…百鬼の部下達から黄緑さんに……って話も聞いてたから。心配だったけど…無事で良かった、ありがとう」
「「………………………………」」
久須郎と与太造はさくらの言葉に押し黙る。そして頬を赤く染めて、ちっと舌打ちをして、掴んでいた胸倉を離しお互いから顔を背けた。
「おい……何顔を赤く染めている?今すぐ首を斬られたいのか?」
それに対して苛立ちを覚えた百鬼を除いて。
「もう百鬼!だめ!二人はこんなこと言ってるけど本当に私達を助けに来てくれたんだから!こんな怪我もしてるのに…」
「…………ふん、」
さくらに少し怒られて鼻を鳴らし言葉を収める百鬼の姿を見て、従順になってる!と久須郎と与太造は肩を震わせて笑った。それがまたまた気に入らない百鬼は睨みを利かすも、さくらがそれを許さなかった。
「ふう…まぁ俺達のあの怪我がここまで回復したのは、お前んとこの看守らが手当てしてくれたからなんだけどよ…このやろう」
「……あ」
そうだ。百鬼の部下から二人が黄緑にやられたと連絡が入った時に、さくらの希望もあって百鬼の部下には手当てに当たらせたのだ。
「本当はもっと万全にしてほしかったっての」
「久須郎」
「うっ、わかったっての…そう睨むなよ与太造。ま、一人かなり腕の立つ医者がいたのは認めるっての…」
「…それって」
「ふん、察しが良いな風篠さくら。お前らと戦った時にも手当てしてくれた団寿という男だ、このやろう」
やっぱり団寿が…!とさくらは顔を明るくして言った。
「あの団寿という医者が、他の医者らに声を掛けてかなりの人数を集め回ってた。おかげでここまで早く戦場に復帰できたってわけだぜ、このやろう」
与太造は清々しい表情で腕を回して見せた、先程歳ノ成の腕を砕いたほどの力を出せるまでに回復したのだ、さくらは団寿の一生懸命な姿を思い浮かべた。あの怯え癖のある団寿が……自分たちの見ないところで自分たちを助けようとしてくれている人がいる。そのことの暖かさを噛みしめるように、さくらは両手をぎゅっと握った。




