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あぁ、そろそろ起きようか

“今のあなたではもう手遅れかもしれませんねぇ…んほほ”



変態科学者の声が遠くなってく_____。薬品をかけられたか。



「…ここは」



瞼が開かれると、そこには見慣れた景色があった。ここは俺の囚人島だ。俺は今鬼ノ街道内にいて変態科学者と戦っていたはず。これが奴の言っていた悪夢なのか?



「百鬼様!ご報告いたします!」


「……」



部下も何の疑問も持たず俺に報告をよこす。やはりこれは現実じゃない。変態科学者の薬品によって落とされた夢だ。だとしたら、どうにかしてこの夢を抜け出し、さくらを助けるまでだ。



「今しがた百鬼様を呼び捨てにした重罪人の囚人4771番を確認しました!どうされますか!?」



……………………4771番?_____さくらだ。ここいるのか?



「すぐに案内しろ」


「はっ!」



部下を走らせて案内させれば、そこにはさくらが部下に飛び蹴りを食らわせている姿が。俺はすぐにそこへ駆け寄る。



さくら_____________!



名前を呼んだはずの自分の口から出てきた言葉に、耳を疑った。



「何を手間取っている?」



_________…何故だ?言葉が、話した言葉が真っ直ぐに出てこない____。俺は今そんなことを言っていないのに。



「ひゃ、百鬼様…!」



部下は俺の姿に驚いた。いや、一番驚いているのは俺だ。体が…言葉が、自分の意志に反して勝手に動く。一体どうなっている?まるで何かに体を乗っ取られたかのようだ。出ない、声が。叫んでいるのに、目の前のさくらの名前をこんなにも呼んでいるのに…。



「…何やら虫けらが暴れているようだな……往生際の悪い囚人だ、4771番」



言ってもいない言葉が口から出る。



「百、…鬼……?」



さくらは顔を青ざめさせた。もどかしい。何故体が勝手に動く。変態科学者の仕業か?それに…さくらの身なりは、地獄に来たばかりの時と同じ…いや、それだけじゃない。この場所、シチュエーション、言葉…あの時と酷似している。



「百鬼…どうしちゃったの、?大丈…」



さくらの言葉が途切れた。いや、正確には俺が平手打ちをして…途切れさせたのだ。さくらは赤く腫れた頬を触って、目を見開いて俺を見た。


______やめろ。こんなことをしたくない。動くな…!止まれ…!



「……囚人の分際で俺にタメ口とは…図に乗るな。今すぐにお前の首を斬り落としてやろう」



俺の身体は勝手に背中の二刀の一つを取り出す。そしてそのまま絶望的な表情を浮かべたさくらの首筋に刃を沿わせた。どれだけ力を入れても、どう抵抗しても動きを止められない。逃げろと叫んでも声が出ない。お願いだ、止まってくれ。こいつだけは護りたい。護りたいのに…。


さくらの眼から太陽が薄れていく。目の前の俺を見つめて、抵抗すら見せない。太陽が消える…。いや、俺が消してしまうのか?



「ふん…刃を恐れないのか?いいだろう…お前にはより深い苦しみを味わってもらう。おい、4771番を血の池地獄に落とせ」


「はっ、百鬼様」



血の池地獄…俺が初めにさくらにしたことだ。俺の思ってもいない言葉で、部下はさくらの身体を掴んで血の池地獄の目の前まで連行した。さくらの足が後方にぐらつく____。


待て、止めろ、止めろ…!あと少しで倒れて行ってしまう瞬間、さくらが俺に向かって悲痛な声で叫んだ。



「百鬼……!目を覚ましてっ…!私達は、一緒にいろんな敵と戦ってきたんだよっ…!」


「ねぇ百鬼…!百鬼は私を護るって言ってくれた!人間界に帰すとも言ってくれた!忘れちゃったの!?百鬼!」



忘れたわけない____忘れられるわけがない。



俺はお前のその太陽に救われた。ずっと無くしていた感情を取り戻し、人間の心を思い出した。そしてお前を護りたいと思った。忘れてない。そんなお前にこんなことをしたくない。お前を傷つけることが、何よりも恐ろしい________。



___止めろ。



叫んだ。喉が擦り切れるほどに。だがそれと同時に俺から出た言葉は、



「______やれ」



俺の方に手を伸ばしたさくらの姿が、ゆっくりと消えて行った。



ドボンッ……



______あぁ、。止められなかった。必死に伸ばしていたその手を、掴めなかった。もしもこのまま……両親のように、俺がさくらを殺してしまったら……。



“一つ良いことを教えてあげます、この悪夢の中で自分の命を諦めたら…魂は消滅します”



変態科学者の言葉が蘇る。


頭が、割れそうだ。俺はまた自分の手で自分の最愛の人物を殺めてしまうのか。


殺してしまいたい。それだったら、結局何も護ることのできなかった自分を殺してしまいたい。俺に生きる価値などない。





「っぶはっ…!!」



……、!


耳に、さくらの声が届いた。



「な、何だこの女…!もう一度沈めてやる…!沈め囚人!」


「っ、お前も、な!」


「な!?」



_________俺は何て愚かなのだろう。罪人でもない冤罪の囚人を勝手に巻き込んで、勝手に傷つけて、勝手に救われて、勝手に護りたいと思って、勝手に救えないことを自らの命を手放すことで諦めようとした。


さくらは_______まだ諦めていないというのに。



「……もういい」



再び沈めようとする部下に、俺の口がそう動いた。


俺もまだ諦めてはいけない…そうだよな、太陽。まだその眼にしっかりと宿っているじゃないか。



「っ…!はぁ、はぁっ…」



あの時のように、息を切らしたさくらは真っ直ぐに俺を見た。俺の足はさくらの元へ向かう。



「……4771番。何故そこまでして抗う。何故、苦しみに屈しない」


「…………」



あの時と同じ質問、あの時と同じ眼。さくらはあの時…確かにこう言った。



“…こんなの、苦しみでも何でもないわ…!両親が殺された日からの10年に比べれば…!”



さくらは口を開く。



「…こんなの、苦しみでも何でもないわ…百鬼…あんたに忘れられることに比べれば…」



______ドクン。


心臓が大きく脈打つ。その思いに応えたいのに答えられない焦燥感から心臓の鼓動が速くなり、それと同時に俺の右手が勢いよくさくらの頬を鷲掴みにし、血の池地獄に落ちる瀬戸際まで追いやる。



「意味のわからないことをほざく余裕があるなら俺がいたぶってやる。もう這い上がれると思うなよ」



違う、違う。本当は抱きしめたいのに。抵抗をすればするほど、ぐぐぐ、と右手に力がこもっていく。



「っ……百鬼がっ…何回私を忘れてしまっても…何回私を虐げても…!絶対にまた救って、みせる…!……あの優しい百鬼に、こんな暗い眼は似合わないから…」



____________さくら…!



さくらの涙が、俺の右手を伝った。


くそ…やめろ、俺…止まれ…自分の事はもう何でもいい。ただ…死んでもこいつだけは護りたい…。


止まれ…………!!俺…………………………………!!!!



さくらを血の池に押し込めようとしていた俺の右手が、ぴたり。止まった。



「っ……」


「百……鬼……、?」



諦めるな……!!絶対にこいつだけは護り通す…!!俺の命に代えても……!!!!


制御の利かなかった体が少しずつ俺の意志に反応するかのように、筋肉を動かし始める。左手が、さくらの頬を掴んでいる右腕にやっと届いた。


この腕をさくらから離す……!!


爪が食い込んで自分の右腕から血が噴き出ることなんて気にならない。口の中に血が広がっていくのも気にならない。俺は絶対に諦めない…手を離せ、俺!



「百鬼…、」


「っ…うっ…」



ものすごい頭痛が俺を襲う。あともう少し、もう少しなんだ…!


歯を食いしばる俺に、さくらが涙を流したまま俺にそっと言った。



「百鬼……痛そうだよ…もうやめてよ…」



そして、血が流れている俺の右手を、そっと優しく撫でる。


さくらの頬を掴んでいた右手の握力がすっと弱まっていった。



「…………、」



……ぽた、。



俺とさくらの間に、一滴の雫が零れ落ちた。俺の右手を伝ったさくらの涙が地面に落ちた……のではない。




泣いているのは、俺か。


無意識に頬を伝っていった涙が、地面に染みを作った。


さくらはそんな俺の顔を見て、まるで自分が辛いとでも言うようにまた泣いて見せた。



「そうだよね……辛かったのは百鬼も一緒だよね…本当はこんなことしたくなかったよね…私だけじゃなかった……ごめんね、百鬼…」



さくらは両手を頬を掴んでいる俺の右手に移動させて、包み込むように優しく触った。すると、俺の涙がもう一つ勝手に地面に落ちる。不思議な事に、あれだけ抗っても抜けなかった右手の力が、空気のように抜けていった。それを横から見ていた看守からは、戸惑いの声が聞こえる。さくらは俺に一歩近付いて、笑った。



「悪い夢見すぎて疲れちゃったね……そろそろ起きよっか……」



その言葉を聞いた途端、自分の身体が自分に返ってきた感覚が____確かにあった。陽だまりのような暖かい感覚に包まれるようにして、全身の強張った力が抜けていく…。


俺はやっと、この手で自分の意志で、爪を立てるのではなく、さくらを抱きしめることができた_______。さくらの手も、俺の背中に回った。



「…………さくら……」



そしてやっと、最愛の名前を呼ぶことができた。



「……起こしてくれて、ありがとう…………それから…………済まない」



きつくきつく、抱き締める。もう離れて行ってしまわないように…もう、失わないように…。抱き締めても抱きしめても足りないほど、きつく。



「ううん……大丈夫……大丈夫だよ、百鬼……」



優しい体温に包まれて、涙が零れていく。



「あぁ……そろそろ起きようか……さくら。この悪夢から」




さくらがゆっくり頷いた途端に、ふわっと体から重力がなくなったような感覚に襲われる。だが、すぐ近くにあるさくらの温もりだけは確かにここにあった。


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