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科学の反対に位置するものは心である

3人の男が一斉に百鬼に襲い掛かる____。彼らは歳ノ成に抗体を与えられているのか、この雨が当たっても何ら問題ないようだ。



「っ、ぐっ!」



雨で視界も悪く体力も奪われていく中、百鬼は3人の動きを見極めて一人の腹部に刃を突き立てる。そのまま体を回転させて体勢を整え、素早い動きで横へ飛ぶ。2人の持っていた槍が地面に突き刺さったところで、背中から二刀で太刀を振るったものの、躱されてしまった。



「んほほ…流石ですねぇ百鬼クン。でも、そろそろ限界なのではありませんか?」



雨は止むどころか弱まることなく降り続く。それは容赦なく私と百鬼の体力を蝕んでいった。息が荒がる。半分以上突風によって破壊された民家の中に入ろうと考えるも、歳ノ成の部下の1人がそれを阻んだ。立っていることにしんどさを感じてきてしまい、私はとうとう立膝をついてしまう。百鬼はまだそこまでは来ていないようだが、その表情は険しく思える。どの道、この薬品を浴び続ければ私達の勝機は遠ざかっていく…。



「……おい、何とか持ち堪えろ。俺が残り2分ほどで奴らを倒す。それまでは絶対に気を保て」


「ひゃ、百鬼っ…大丈夫、なの!?」


「…この程度の疲労…問題ない」



百鬼はそう言うと、眼にも見えぬ速さで前方にいる一人の男に斬りかかっていった。有り得ない。私と同じ量の雨を浴びて尚、あんな動きができるなんて。瞬きをするうちに百鬼は歳ノ成の部下二人を圧倒する。その光景を見た歳ノ成が、口を開いた。



「んほほ…恐ろしいですねぇ最強最悪の番人百鬼クン」


「終わりだ、お前も」



部下の二人の身体に百鬼の太刀が入る____。二人は地面へと倒れて行った。本当にものの2分程…いや、1分程で2人を倒してしまった。



「終わり…ですか、それはどうでしょう」



しかし、自分だけになったというわりには歳ノ成はあまりに冷静だった。それどころか、勝負に勝ったというような表情をしているようにも見える。



「……何?」



百鬼の低い声がした途端、私は手足が完全に動かなくなる。感覚がなくなった、というのだろうか。突然力が入らなくなり、地面に倒れないようにと踏ん張っていたそれは見事に働くのを止めて、私は頭から地面に倒れて行った。



「っうっ…!何、これ…!百鬼…!大丈夫っ…」



数メートル先にいる百鬼の方を見ると、百鬼も手足が動かなくなったようで二刀が転がり、百鬼も倒れてしまっていた。


ゾクッ……


この後起こりうる最悪の展開を考えてしまい、鳥肌が立つ。歳ノ成は倒れている私と百鬼の方へ一歩一歩、地面にたまった雨水を鳴らして歩いてくる。私達の間で足を止めると、不敵な笑みを浮かべてまた別の何かを懐から取り出した。



「んほほ…だからどうですかね、と言ったでしょう…百鬼クン。生身の身体で戦うあなたが、科学を司る私には決して勝てないこと…初めから決まっていたんですよ。科学は必ず答えを持っている。あなたを倒すための研究など何百年も前から調べつくした…もともと今日の勝負は科学によって答えが出ていたのです」


「っ…変態科学者…何をする気だ」


「んほほ、その眼、蛇をも睨み殺せそうですねぇ。そうですね、この雨によって時間差で現れる体の拘束効果を体験してもらった後には…悪夢を体験してもらいましょうか」


「悪夢…だと」


「百鬼クン…さくらサン、この世で科学と最も縁遠い物は何だと思います?言わずもがなそれは……“心”ですよ」


「こ、心…?」


「何の科学的根拠もないのにも関わらず、あらゆる化学変化を起こすそれが…私は嫌いだ。大嫌いだ。男と同じくらい嫌いなんですよ」


「だからっ…何、だっていうの、…!」


「んほほ、あなた達を見ていると虫唾が走る、ということです。ですから思い知ってもらいましょう。心の抵抗など無意味な科学の地獄を…」



歳ノ成はそう言うと、私達に緑色の液体を掛けようとする。



「やめろ…!」


「……んほほ、命乞いですか?百鬼クン」


「そいつに手を出すな……殺すぞ…!」


「……」



ぴたり。一滴垂れる寸前のところで、歳ノ成の両手が止まる。物凄い殺気を放つ百鬼に、歳ノ成は不快な目を向けた。



「……そういうのが嫌いなんですよ…。自分の事よりも他人の事?とんだ偽善者です。他人は全て自分のためにある駒です。百鬼クン…あなたなら分かりますよね。この地獄で囚人達を苦しませ続けたあなたなら」



歳ノ成の言葉に、私は荒くなる呼吸を抑えつつも反論せずにはいられなくなる。その高圧的な視線に気が付いたのか、歳ノ成が私の方を向き、何か言いたいことがあるんですか?と言った。



「百鬼は、変わった…!ちゃんと人間の心を取り戻した!」



私が反論したことによって、百鬼は歳ノ成の気を引くようなことを言うなと言わんばかりの顔で、おい!と言った。私に歳ノ成の視線が突き刺さる。負けたくない…何をされようと、負けたくない。



「残念ですさくらサン…あなたのような眼をした人とは分かり合えなさそうです。じっくり味わってきてください…地獄を」


「やめろ!!」



百鬼の叫びも虚しく、歳ノ成は私の上から緑色の薬品を零した。バシャバシャと、体中にその薬品がかかり体に染み込んでいく。



「あぁ…この後百鬼クンにもしっかりとこれかけてあげますから…先に見届けてくださいね、んほほ」


「貴様……!」


「おー怖い。百鬼クン、目の前で大切な人が苦しみ消えていく姿を、どうか楽しんでください」



「さくら!!!!」



___________、百鬼。


精一杯声を出したつもりだった。でも私の声は、自分の耳にすら届かない…。私の名前を呼んでいた百鬼の声も、どこか遠くに感じる____。あれ、瞼が、重い____。


そこからは目の前が真っ暗になった。一体何が起こっているのか分からないまま…。







「…………あ…………れ、」



眼の中が次第に明るくなっていった。未だに重い瞼をゆっくりと開けていくと、いつもの赤い空に、赤い血の塊が浮かんでいるのが初めに目に入ってきた。


雨は降っていない。体も動く。真上に歳ノ成は…………いない。おかしい。さっきまでとは状況が違いすぎる。手足を動かしてみて体を起こすと、私は信じられない光景を目にすることになる。



「え……ここ、百鬼の、囚人島…?」



思い鉄材を運ぶ麻布を身に付けた囚人達。それを見張る看守達。岩山が並ぶ殺風景なそこ。血の池地獄…。そして遠目に見える宿舎。私は今この囚人島を離れて百鬼と一緒に、鬼ノ街道内にいたはずだ。それどころか、百鬼の姿も見当たらない。



「っ百鬼!?どこ!?」



立ち上がり走って、辺りを探してみるも、死んだ眼をした囚人たちと私の姿にぎょっとする看守達しかいない。



「おい貴様!百鬼様のお名前を呼び捨てにするとは囚人の分際で何を考えている!」


「痛っ…!」



グレー地の看守服を着た看守に、右肩を後ろから掴まれる。囚人…?いや、今私は囚人服じゃなくて百鬼からもらったオレンジ色の着物を…。



「っ…!」



…何がどうなってるの。着物を着ていたはずなのに、私の服は地獄に来た時と同じ、麻の服に戻っている。訳が分からない…タイムスリップ?百鬼は?大丈夫なの?歳ノ成は?何処に行った?



「さっさと作業に戻れ。さもなくば百鬼様に今の呼び捨てをチク……」


「その百鬼を探してるんだよ!ちょっと退いてて!」


「ぐぁっ!?なっ…、何をするこの女!?お、おい!逃げるな…!」



私は全身の力を振り絞って男の急所にとび蹴りをかました。男が震えながら地面にうずくまっている間に、囚人の列に逆行してでこぼこ道を走り抜ける。まるで一度味わったことのあるような感覚を肌で感じながら、必死に百鬼を探した。












「何を手間取っている?」



__________でも。



「ひゃ、百鬼様…!」



_____そこに現れた百鬼は、



「…何やら虫けらが暴れているようだな……往生際の悪い囚人だ、4771番」



あまりに冷たい、暗闇の眼をしていた。


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