大人になると気付けば理性で生きている
地獄墓石には度々足を運んでいたが、消滅した魂を祭るのは数百年ここで生きてきて初めての経験だった。空参の墓石の前で手を合わせるさくらは、空参はまるで敵だったことを忘れたかのように丁寧な手つきで空参を祭った。本当に、不思議な女だ。
「百鬼、どうかしたの?」
俺の後ろからひょい、と顔を覗き込んできたのはその張本人だ。俺が用意した寝床に立膝をついて俺の顔を覗き込んだ。急な動きだったことに付け加え、あまりの近さに俺はつい体を仰け反らせる。民家に戻ってくるなり、血を浴びた体を洗い流し、傷の手当をした。気を張っていたことや戦闘をしたことである程度やはり体が疲れている。早く体を休めていつでも戦えるように備えねば…と2つ用意した寝床の1つに座った時、あることを思い出した。
「……そういえば、あの時俺に何を言おうとしていた」
「え?あの時って?」
「河原で、空参のクナイが飛んでくる直前だ。言いたいことがある、と言っていただろう」
「え……あっ」
“あ、のね、百鬼……私、百鬼に伝えたいことが……、私は囚人なのに…その、変って思うかもだけど、私っ……ひゃ、百鬼のこと、”
思い出したようだが、さくらは顔を真っ赤にして慌てふためき始めた。そんなに慌てるようなことだったのか…?俺は疑問に思いつつも、さくらを見る。
「な、なななな何でもないの!あれはその、あの場の空気だったから言えたというか…いや、言えてはないんだけど、やっぱりきれいな景色とかは勢い付かせるんだよ!今のこの民家にはそう言う勢いになるような風景がないから言えないんだけどさ!」
……よくは分からないが、さくらの中では一件落着したようだった。まぁ、いいか……。多少気になるところではあるが、また気が向いた時にでも話してもらえれば。
「俺もお前に話しておきたいことがある…」
「えぇ!?ま、まさか、百鬼からそんなっ…!あ、いやでも嬉し、じゃなくて、!き、聞きたい!聞きます、腹は括れてるから!」
「(…腹を括る…?)…よく分からないが…俺が話したいのは…」
「は、話したいのは……!!」
「空参から受け取ったこの巻物についてだ」
「きゃー!百鬼も同じ気持だったなん…………………………………………え?」
「…だから…この巻物の中身についてだ」
「……………………………………………………………」
…何故かさくらが石化したようにフリーズしたが、まぁいい。俺は空参から受け取った巻物の帯を緩め、中身を開ける。所々血が滲んで見えなかったり、年季が入って掠れてしまっていたりと読めない部分もあるが、大方墨文字は見えているので内容理解に差して困りはしないだろう。俺が驚いたのは、空参からこの巻物を受け取るときに言われたあの言葉だ。
“この巻物に……輪廻転生は出来ないとされている看守や番人が輪廻転生できる方法が載っている”
空参は俺にそう伝えた。囚人として地獄に落ち…番人に首を斬られたらもう2度と輪廻転生のできない地獄の住人となる。そんなことは最早ここでは常識だ。看守や番人が輪廻転生した例など1つとして聞いたことがない。
「囚人…桃太郎の地獄記録…について…」
「え?桃太郎?桃太郎って、あの昔話の?」
見出しにはそう書かれていた。囚人桃太郎の話なら、勿論俺も知っている。フリーズしていたさくらは桃太郎と言うキーワードに精気を取り戻したようで、俺の横から巻物を覗き込む。
「空参が…あの時俺に耳打ちした。看守や番人が輪廻転生する方法がこの巻物に書かれていると」
「えっでも…看守や番人になったら輪廻転生は出来ないんじゃ…」
「…あぁ。そうだ」
困惑する俺達だが、とりあえず暖炉の光を頼りに読み進めることにする。横から、うわ、達筆すぎて読めない、昔の字じゃん。とげんなりとした声が聞こえた。確かにかなり昔に書かれた書物のようだ。
「鬼退治をした殺人鬼として地獄に落ちた桃太郎は__」
続きはこうだ。桃太郎は当時の番人に首を斬られ、看守となり、二度と輪廻転生することはないとされ絶望した。しかし、ある日突然、桃太郎の周りを美しい桃色の光が纏い、桃太郎は地獄から姿を消し、桃の中へと戻り再び人間界へ舞い戻ったという。
「ここまでは俺が知っている昔話だな」
「え…私の知ってる桃太郎と全然違うんだけど…桃太郎って地獄に落ちてたの?鬼退治した英雄の話として人間界では昔話受け継がれてるよ?」
「鬼退治をした方ではなく、不当な理由で鬼を殺めた方にフォーカスがあたり閻魔帳に載ったんだ」
「そうだったのぉおお!?昔話なのに全然楽しくないじゃん全然すっきりしないじゃん!」
「囚人桃太郎は地獄の昔話の中ではかなりコミカルな方だ」
「これで!?首を斬られとかあるけどコミカルなジャンルなんだね!?」
「つまりは、この話は地獄の住人となった桃太郎が何らかの理由で輪廻転生をし、再び桃の中へ舞い戻るという有り得ない展開をコミカルに語ったフィクションなんだ」
「輪廻転生の割にまた桃太郎として生き返ってるけどね!!」
さくらに言わせると突っ込みどころが満載らしい。昔話はここで終わっているはずだが…この巻物にはまだ続きが書かれている。
「桃太郎は言った…おじいさんおばあさん、僕は地獄の底からあるものを手に入れて舞い戻ってきました。僕は地獄で太陽を手に入れたんです。その太陽とは……」
ここにはそう記されていた。ここにある太陽とは物体のことなのか…それとも。それ以上は見えなかった。血で汚れて、とても見える状態ではない。だがつまり、看守や番人が輪廻転生する方法は、太陽を手に入れること、とでもいうのだろうか。桃太郎の話はただの作り話として有名だ。ここに書かれている内容も大方作り話と言えばそれまでになるが、空参がそんなものをあんなに真剣な顔で渡すだろうか。もしこれが事実なのだとしたら…。
「ねぇ百鬼…これが実話ならさ、百鬼だって…輪廻転生できる可能性があるってことだよね」
「……実話なら、だが」
「私!」
さくらは強めの力で突然俺の手を握る。正面に移動して、いつもの真っ直ぐな眼で俺を見据えた。
「私…百鬼には輪廻転生してほしい!」
そしてはっきりと、そう言った。
「百鬼には…こんな地獄に、ずっといてほしくない…」
その眼はひどくまっすぐで、俺が視線を逸らすことを許さなかった。番人の俺が輪廻転生?地獄の住人になったあの日から、そんなものはとうに諦めたはずだ。俺は必ず人間界に帰るのだと…喚いていたあの時に、そんな考えは置いてきたはずなのだ。
百鬼には輪廻転生してほしい、さくらのその言葉を振り返った時、俺の胸に邪念が湧いた。それは自分が決して抱いてはいけないはずの思いだ。
「百鬼?」
「______いや、」
俺は馬鹿野郎だ。俺が今戦っている理由は何だ。この女を…さくらを人間界に帰し、現閻魔の縁峰に復讐をするためだろう。さくらを人間界に帰すには、自分の輪廻転生など考えずに、この閻魔選定で閻魔になるしかない。だが俺は、今一瞬余計な事を考えた。自分が閻魔になりさくらを人間界に帰せば、俺はまた一人だと____。
もう、一緒にはいられないのだと。
もしも俺が輪廻転生をしたとしても、同じだ。さくらを助けたいと思いつつ____…俺はそんな自分の邪念に、嫌気がさした。




