人を利用した代償は自分に返る
「ほんと、あんたなんか生んだ私が馬鹿だった」
母の氷のような言葉は手加減もなく俺の心臓を突き刺した。俺が母の元を訪ねたことで殿方に俺の存在が割れたとそう言った。コブ付きの女はいらぬとも。
母に愛されていないことを実感すればするほど…俺の母への固執は強くなっていった。気を引くために悪さをする。朝廷内で噂になれば、母の眼は俺を向くじゃないか。
「…私はもうあんたを手に負えない」
なのに、やっと俺を捉えた母の瞳の中に、俺はいなかった。俺を見ているのに、見ていない…どこか遠くのものを見ているそんな瞳が、ひどく残酷で、ひどく俺を震撼させた。
……気が付いたら、俺は母の首を持っていた。母を殺めた俺の行く先は当たり前のようにこの地獄だ。
「んほほ、あなた囚人のわりにいい腕をしていますねぇ。私の部下を二人も瞬殺するとは…」
そんな地獄で光は射した。初めて俺のことを認めてくれる人物…番人の歳ノ成様は数多くいる囚人の中で、俺に注目してくださった。
「これは一つの提案ですが…あなた、首を斬って私の部下になりませんか?輪廻転生の機会はなくなってしまいますが…あなたのその腕こんな場所で腐らせてしまうのは実に惜しい」
返事に迷いはなかった。誰も、母ですら見てくれなかった俺を、この人は見てくれる。この人のために力を使いたい。俺は死んで尚、地獄でやっと生きる価値を得たのだ。
「お仕え致します、歳ノ成様…」
「んほほ、男は好きませんが…あなたのような従順な忠犬は好きですよ。あなたには私の輪廻転生研究のために尽力してもらいますよ、空参クン」
歳ノ成様は番人になった今も、輪廻転生の可能性を諦めていなかった。歳ノ成様の元で、あらゆる仕事をこなした。
「空参クン…地獄牢の囚人にこの新薬を試してきてください」
「囚人たち全員の首を落としてきなさい」
「輪廻転生について書かれた書物が閻魔様の書庫に眠っているはずです…探ってきてください」
歳ノ成様の要求は身の危険が大きいものだった。歳ノ成様の望みを叶えた先にあるものは____歳ノ成様のみが幸せになった世界だということ、何となく気が付いていたよ……。俺の身を顧みていないことも、その瞳に、俺の存在は映っていないことも……。
でも、目を背けるしかなかった。気が付いていないふりを自分自身にし続けるしかなかった。もうあの時のような思いをしたくない。やっと手に入れた光を失いたくない…。だから自分を騙し続けた。歳ノ成様から無茶な要求を提示されることでチクリと胸に棘が刺さるくらいなら、自ら名乗り出た方が傷つかずに済むじゃないか。
「私は部下として信頼を置く君の意見は…聞くことに決めているんですよ」
それでもそう言われる度、生きていることを実感できた。自分にも価値があるんだと思うことができた。信頼という言葉で盲目になって歳ノ成様のために尽力することで、不都合な現実から目を背けることができていた。そう、部下の中でも俺だけは違う、俺だけは歳ノ成様にとって特別なんだと……そう信じていた。
_______________はずなのに。
「私の部下に弱者はいりません。あなたはもう用済みです」
目の前に突き付けられた現実に、俺は再び生きる希望を失った。
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空参は血を吐きながら、それでも話した。私はその話を、空参の横に座って静かに聞いていた。百鬼も私の横に立ったまま、それを聞いているようだ。
「お前が、歳ノ成様に俺のことで怒りを表した時…その瞳の中に俺がいることに、驚いた…。自分でなく……他人のために、怒ったり…悲しんだりできる…お前のような純粋な瞳は、見たことがない…」
「…空、参…」
「案ずるな…どの道、歳ノ成様に捨てられた今…俺はもう価値を無くした、。お前らを、追いかけることも、ない…。別の追手が来る前に、早く行くん、だな…」
空参は哀愁漂う顔でそう言うと、だんだんと目を閉じていく。
「価値がなくなったなんて、そんなことないよ…」
「…?」
私は空参の左手を握った。閉じられかけていた目を、空参がもう一度開く。
「例え腕がなくたって動けなくたって…空参は空参だよ。敵の私を体を張って守ってくれる優しい人…。価値がないなんて、そんな悲しいこと言わないで……」
「……」
ぽた、ぽた。空参の血まみれの手に、私の涙が染み込んでいった。動かすのはもう限界なはずのその腕が震えながら動いて、私の涙を拭く。
「……お前のように、誰かにために涙を流すことのできる者が…本当に信頼できる者、なのだろうな…。百鬼と…お前は信頼し合っているようだ」
空参は虚ろな目で私と百鬼を見た。
「……百鬼、貴様に、渡しておきたい物がある…」
自分の服の内側を探れ、という空参に、百鬼は陣羽織の内側に手を入れた。そこから出てきたのは、小ぶりな巻物だ。ひどく年季が入っており、血が染み込んでいる。
「そこに記されているのは…………、」
空参が百鬼に耳打ちしたことは、よく聞こえなかった。でも百鬼は驚いたような表情をしている。
空参は百鬼がそれを受け取ったのを見ると、安心したようにゆっくりと笑って私に視線を向ける。
「お前……名は」
「さ、さくら…」
「さくら…同じ苦しみを味わった者にしか、分からないことがある…。利用され続けるのは、とても辛く寂しい…。だがお前には、そこの最強の番人が、いる…だからもう大丈夫、だ」
「っ…うん…。そうだね…空参…空参も、もう大丈夫だよ…」
「…?」
私は少しずつ冷たくなっていく空参の手をぎゅっと包み込んだ。
「空参も大丈夫…何処に行ったって、私達がいるよ……」
そう言うと空参はその眼を少し大きくさせて、左目から一筋の涙を流した。
「最期に…俺そのものに存在価値を与えてくれて、ありがとう……」
________ぽたり。
地面に落ちた空参の涙と一緒に、私の握っている空参の手の力が抜けた。
「あ……!」
私はただただ、力の入らなくなった手を握ったまま泣いた。
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「……落ち着いたか」
しばらく時間がたった。私が泣いている間、百鬼は何も言わずに横にいてくれた。心が落ち着いてきた頃、百鬼の声がする。
「百鬼…何処に行くの?」
百鬼がゆっくりと歩いて行った先には、未だ倒れて気絶している宮滝がいた。百鬼は宮滝の首を掴んで立たせる。首が締まった苦しさに、宮滝は目を覚ました。
「っ、ぁ…何、だっ…苦し、」
目の前にいる百鬼に声も出ないほど驚いたのか、宮滝は顔を真っ赤にし始めた。
「この男を重罪人として…罰する」
そう言うと百鬼は首を掴んだままもう片方の手で二刀の一つを取り出す。それを見て宮滝が状況を理解し始めたのか、必死に足と手を使ってもがき始めた。
「ま、待って…待ってくだはい!その、わ、私がっ…悪かったです!風篠さくらっ…謝る!今までのことは謝るから許してください…!」
最早調子が良いという問題ではない。必死の宮滝の声にも、私の気持ちが揺らぐことなんて勿論なかった。その思いをぶちまけようと思ったその時、
「っぐぁああああぁああ!」
百鬼が宮滝の腹部を切り裂いた。
「重罪人はこの地獄の番人…百鬼が罰する。お前のせいで罪のない一人の女が地獄に来た。味わわなくても良かったはずの苦しみを味わった。……俺はそれを許さない」
「ば、番人、様ぁ…!どうかご慈悲をっ…!その、違うんです、私は本当はこんなことしたくなかったんです…!」
「…人を利用した代償は…自分に返ってくる。せいぜい生き変わることのできない永遠の闇で罪を悔いるといい」
「あっ……あぁああああ!」
ザシュッ……
大量の血が吹き飛んで、宮滝の首が飛んだ。百鬼の手によって、私の復讐は完全に終わりを迎えたのだ。
「百鬼……」
「…嫌なものを見せたか」
「ううん…そんなことない。……ありがとう」
「……というよりは、私情を優先してしまったが」
百鬼は静かにそう言った。無残な姿になった宮滝の身体と、安らかに眠っている空参の姿を見て、私は二人の行く末が違うことを祈らずにはいられなかった。




