所詮は空虚なものだった
「と、歳ノ成、様…!」
突如現れた歳ノ成に、空参自身も驚いている。いつものように白衣を身に纏って、何も持たずに飄々とここへやってくるあたり、参戦しに来た、といった感じは見受けられない。私と百鬼が警戒する中、歳ノ成は空参の惨状、そして私と百鬼の様子を舐めまわすように見て、独特の笑い声を発した。
「んほほ…あなたでも太刀打ちできませんでしたか、空参クン」
「お、お待ちください歳ノ成様…!私はまだやれます!右腕がなくとも、使命を全うしてみせます…!もう少々お待ちください…!」
「ほう…その清らかな忠誠心にはいつ何時も驚かされますねぇ…ですが空参クン……残念です」
「え……?」
歳ノ成を纏う空気が、変わる。
「私の部下に弱者はいりません。あなたはもう用済みです」
歳ノ成はひどく冷たい笑顔でそう言った。空参は言葉を失っている。
「歳ノ成、様…?」
「腕を失った戦士に一体何の価値が残されているのでしょうか…んほほ」
「ご、ご冗談ですよね……歳ノ成様。私に、信頼を置いてくださると……」
「んほほ、空参クン。あなたの純粋無垢な忠誠心には実に驚かされていました。それ故に実に使いやすかったですよ。私は確かに“あなたの腕”には信頼を置いていましたが…それがなくなった今、わたしにとってあなたの価値はなくなりました」
あの男…宮滝と同じで、こいつ人を物を見るような目で見ている…自分の私利私欲のために利用するだけのものとしてでしか捕えていないんだ。
空参はあまりの言葉に、ただただ茫然としているようだった。
「……百鬼、貴様…!!」
そして感情のやり場を失ったのか、空参の怒りの矛先は腕を斬り落とした百鬼へと向いた。目を吊り上げて、唇を噛みしめながら…未だ流れ出る血も気にしないでかろうじてまだ動く左腕で刀を握った。
「お前は…俺の生きる意味を奪った…!殺してやる……殺してやる……!」
腕はないものの、足はまだ動く。忍の素早い動きで百鬼に詰め寄り、左手で刀を振るった。
だが。
「っぐっ……!」
「……もう勝負はついている。これ以上歯向かうと言うのなら確実にお前は死ぬだろう」
何よりも精神が安定しなくなった空参の攻撃は、最早百鬼にとっては攻撃ではない。ただの子どもの抗いも同然だった。簡単に百鬼に弾き飛ばされた空参は、バランスをとれるはずもなく勢いよく地面に突っ伏す。
「歳ノ成様…私は、まだやれます…!まだ歳ノ成様のために力を使えます…!だからもう一度…私に力をください…!」
それでも尚立ち上がろうとする空参。そんな空参の様子を見ているのにも関わらず、何事もないかのような表情でそれを見つめるだけだ。
「何で……答えてあげないの、」
「…はい?何か言いました?さくらさん、んほほ」
「あんなに必死にあんたに訴えてるのに、何で何も言ってあげないんだよ!」
「んほほ…これが噂に聞いていたさくらサンの曲芸…必殺敵なのに感情移入、ですか。…大人になってくださいよ。あなたは大人になってから自分の玩具が壊されたくらいで、いちいち過剰に反応をしますか?」
「玩具、だと…!」
「そうですよ、部下は私にとって玩具でしかない。壊れれば捨てて新しいもので補強する。そこに感情などありません」
「っお前…!宮滝といいお前といい……人を何だと思ってんだ…!私達はお前らの玩具なんかじゃない…!」
血まみれで尚立ち上がろうと汗を流す空参の驚いたような眼と、私の眼がここで初めて合った。歳ノ成はそんな私の様子をつまらなさそうに見つめた。
「誰かの言葉一つで救われることだってある…希望をもつことだってある…そんな人の心を、自分の私利私欲だけのために踏みにじるような真似をするな…!」
「…ふう、今度は必殺お説教節、ですか?女性は好きですがあまり口の立つ女性は苦手なのですねぇ…まぁさくらサンの場合、口から出るものは大脳を通らずに反射的に飛び出ていそうですがね、んほほ」
「空参は!少なくともお前なんかの役に立ちたくて…!私達のところに来たんじゃないの!?それなのに使えなくなったからって見捨てるなんて、自分を慕ってくれる人に対してあんまりすぎる!」
「んほほ…!さくらサンあなた、自分でなく空参クンのことでそんなに怒っているのですか?とんだ御人好しですね」
歳ノ成は高らかに笑った。私はやり切れない感情を右手に、ぎゅっと押し込める。潰れてしまいそうなほどに。
「……何故」
私の背中に、空参がぽつりとそう呟いた。
「…………あぁいう奴だ。とんだ人好しで、助けたいと思った奴は敵だろうが身が危険だろうが構わず飛び込んでくる…太陽のような奴だ」
百鬼が答えた。空参は黙って百鬼の顔を見つめた。
「私のやり方が気に食わないのなら私を倒してみますか?あなたの得意とするムエタイで」
歳ノ成は武器も何も持っていないことを敢えてアピールするかのように両手を軽く挙げて見せた。挑発ともとれる発言。私は握りしめた拳を大きく振りかぶり、歳ノ成へと走る。
「よせさくら…そいつはホログラムだ」
「っな…!」
百鬼がそう言った通り、私の拳は歳ノ成の身体を通り抜け不発となる。振り返ると、歳ノ成の身体が透けて見えた。こいつ…本体じゃなかったのか…!
「んほほ…そして実に単純…“使いやすい”」
ホログラムであるはずの歳ノ成が私に突き刺そうとした刃は、妙に光沢を帯びているように見える。
「歳ノ成様のホログラムは…こちらの攻撃が一切当たらないにも関わらず…歳ノ成様側からは攻撃が具体化するカラクリ…あの刃は本物だ、」
空参の言葉に百鬼は目を見開かせる。そして同時に走り出した。血相を変えて私の名前を呼びながら________。
ザシュッ……
私の眼には飛び散った鮮血が映った。それと一緒に綺麗な蒼い髪。それがゆらゆらと揺れて、視界の下の方へ落ちて消えていく。その状況を理解するまで、私の脳は時間を要した。
「……ほう、主君への裏切りですか、空参クン」
ドサリ。
空参が私の目の前で倒れた。百鬼もその様子に目を見張り、私と空参を抱えて歳ノ成のホログラムから遠ざけた。
「んほほ…また命拾いしましたねぇさくらサン。私はそろそろ電波が切れそうなのでおいとましますよ」
歳ノ成はテレビが切れるようにプツリと姿を消した。
「あっ…あぁ…空、参…」
血が…血が。首からドクドクと出て来る血が、とどまる様子がない。どうしよう。どうしよう…。私を庇って…。倒れている空参のすぐ横に行くも、見れば見るほど…絶望的な状況だ。
「百鬼、どうしようっ…空参が…このままじゃ、」
百鬼は立ち上がったまま空参を見下ろして、目を閉じた。私の言葉には何も言わなかった。まるでもう何かを悟ったかのように。
「……俺は…」
刹那、空参が小さな声を発した。
「俺は結局…ただ…寂しかった、だけだったのかもしれない、な…」
もう微かにしか見えないであろう目で、何かを探す。私と目が合うと、そこで安心したかのように泳がすのをやめた。
「小さい頃…誰からも必要とされていなかった俺をそばに置いてくださったのが…歳ノ成様だった」
空参は血を吹き出しても話し始めた。心が締め付けられるような、過去の話を。




