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そうさあの子のためさ。文句あるかい?

「おい久須郎!お前意外とやるじゃねぇか……このやろう!」


体をもたつかせて久須郎の近くへ歩いてきた与太造。久須郎の拳にはきちんと黄緑を殴った感覚が残っている。黄緑の身体も間違いなくあの窓を突き破って外へ飛んだ。今度こそちゃんとやったんだと、久須郎は拳を力強く握った。


「な、馴れ馴れしくすんじゃねぇってのこのハゲ!」


「だ、だからそれは言うなつってんだろぉがぁあ!大体今の一撃も俺のサポートありきだろこのやろう!」


「そもそもお前と手ぇ組んだってわけじゃねぇからな!たまったま利害が一致しただけだっての!」





__一日前。久須郎囚人島にて。



「……はぁ?お前に協力しろだぁ?」



百鬼との戦いで負った傷がほぼ完治した久須郎は、この日もいつも通り囚人を罰していた。しかし自分と同じく百鬼との戦いで痛手を負い、未だ数か所に包帯が巻かれている与太造のお出ましに眉を潜めた。更に与太造は、自分に協力を仰いできたのだ。久須郎は1秒も考えることなくこう言った。



「やに決まってんじゃん。何で俺がお前なんかに協力しなきゃなんねーんだっての。つーか協力って何だっけ、あれか、助けるみたいな御伽噺か」


「あぁ、そうだ。御伽噺だと思っていた、俺も。だが奴は……奴らはその軌跡をやってのけた」



奴ら。久須郎だって名前なんて言われなくたって分かっている。さくらと百鬼のことだ。久須郎との戦い、与太造との戦いを経て…奴らは変わった。そして、奇跡を起こした。少なからずあるはずのない太陽を自分の眼で見たのは、与太造だけじゃない。奴らがいなければ、あの輪廻転生も起こらなかった。母に会えなかった。ずっと暗闇の中だった。与太造はこの心の思いを、どうにかして形にしたいのだ。



「柄じゃねぇけど俺は……あいつらに感謝してんだよ、このやろう」



だからせめて、今度は自分が奴らのために。


与太像の言葉に、久須郎は小さく、だせぇ、と言った。



「……どんなことをするか知らねぇけど、一人でやれっての。俺は忙しいんだっての」


「……お前も俺と同じだろ、久須郎」



与太造の言葉に久須郎がぴた、と足を止める。



「自分の中に生まれてる思いをどこに消化したらいいか分からねぇ、閻魔選定に名乗りを上げるつもりももうねぇ。もう一度……ちゃんと戻りてぇんだろ、あの頃の自分に。そして奴らに報いたいんだろ」


「…………」


「何百年と変わらなかった現実を変えるぞ。思い出せ久須郎……あの頃を。



人間だった頃の心を」



静かな風が吹く。久須郎の蛇のような目と、与太造の芯のある目から出る視線が交わった。暫く睨み合いのような状態が続いたが、与太造の一向に譲る気配のないそれに、久須郎は口をへの字に結んで、ちぇっ、と吐き捨てた。



「…………………………………………何をすればいいんだっての」



ぷい、と顔を背けた久須郎の後ろで、与太造が歯を見せて微笑む。



「……百鬼とあの女を、黄緑と歳ノ成が狙ってるとの情報が入った。奴らは明日にでも動くはずだ…俺達で先に討つ」


「歳ノ成は戦闘力ってよりは変態仮面野郎で頭が切れるだけだからまだしも……っつーか思い出したっての!あいつが百鬼に俺が百鬼を狙ってること漏らしたらしいじゃねぇか!くそが!」


「まぁ落ち着け。あいつは自分よりもまず誰かを使うだろうからすぐには接触してこないはずだ。問題は黄緑だ。元閻魔筆頭候補なだけあって強さは計り知れねぇ、このやろう」


「…んだよ、ここに来て弱気になってんじゃねぇっての、ハゲ」


「ハゲ言うな!お前も知ってんだろうが、あいつの強さを……多分俺達二人かかっても……」


「……ちっ、」



与太造のその先の言葉なんて聞くに足らなかった久須郎は、誤魔化すように舌を打った。そして、だったらどうすんだよこのハゲ、と更に悪態をつく。



「……作戦がある」



始めに仕掛けた四方からの計算された攻撃は、与太造の案によるものだ。四方から怒涛の攻撃で仕掛ける。そして黄緑に先手を叩き込むというものである。



「はっ、黄緑がそんな攻撃に引っ掛かったところ見たことあんのかよ?全躱しだっての、大方」


「本来の目的は攻撃を与えることじゃねぇ、このやろう」


「……あ?」


「ここで打つ先手は……後の奇跡を起こす種まき……即ち、お前のその蛇から出る、毒だ」





「へへっ……俺の蛇は、刃でなく皮膚に少しでも触れると細胞から毒が周り、視点が定まらなくなり立ってることもできなくなるんだっての……」



黄緑は久須郎の蛇を両手で掴んでいた。恐らくかなりの毒が回っただろう。やっと外の景色が割れた窓から見えるようになり、久須郎は倒れている黄緑の姿を確認しようと窓に近付いた。


…なのに。おかしい。外で倒れているはずの黄緑がいない。



「本当に……歪んでるねぇ、久須郎」



…………………………あれ?


ぬらりと、頭や口から血を流した黄緑が久須郎のすぐ後ろにいる。



「おい久須郎!!避けろ!!」



与太造の大きな声がするも、久須郎の後頭部には既に黄緑の力強い手が添えられている。そのまま頭が思いきり動いたと思ったら、久須郎は割れた窓ガラスに顔から押し込められた。更にガラスが割れる音と、強い打撃音が与太造の耳に届く。そのまま久須郎は多量の出血をし、床に倒れていった。



「このやろう…………!!」



それを見た与太造が、血相を変えて黄緑に襲い掛かる。



「あぁ……歪む視界じゃ…なかなか正確に距離を測れないなぁ……でも、与太造、君の弱点は手に取るように感じるよ」



黄緑はふらつく足で、大きな金棒に向けて刀を振るった。まるで鉄と思えないほどきれいに斬れる金棒。与太造は言葉を詰まらせる。そして黄緑の強烈な蹴りが、百鬼との戦いで癒えていない傷を直撃した。あまりの激痛に、与太造は苦しみの声を上げるも、黄緑の足を左手で掴んで、右ストレートを入れるため右腕を大きく振りかぶった。



「ボクシングなんて僕には通用しないよ。最も…視界が定まっていれば再起不能にできるけど」



黄緑の腕が与太造の右腕を掴むむと、ゴキ、と音を立てさせた。



「終わりだ」



折れた腕をもち、与太造の身体を壁に向けて投げ飛ばした。壁が破壊されるほどの強さで叩きつけられた与太造もまた、そのまま床に倒れた。そう、最後にこの場に立っていたのは黄緑だ。



「はぁ……百鬼とさくらちゃんのところに行く前に、とんだじゃじゃ馬どもの相手をさせられたもんだなぁ…」



黄緑はそう呟き、歪む視界の中何とか出口を確認する。倒れている久須郎と与太造のもとを去ろうとしたその時だ。



「……………………はっ……ざまぁ、みやがれ……っての……」



消え行ってしまいそうな久須郎の声がした。黄緑はふらつく体を支えながら、どす黒い眼で床に倒れている久須郎の方を向く。



「お前が何で、立ってられるかっ…不思議、な、………その猛毒は……10日は、続くっての……残念だった、な……間に合わなくて、この勝負は……俺と…ハゲの勝ちだ、っての…」



久須郎は血でまみれたその顔で、確かに笑って見せた。





「ここで打つ先手は……後の奇跡を起こす種まき……即ち、お前のその蛇から出る、毒だ」


「毒だと?」


「その蛇から出る猛毒くらってただでいられる奴いねぇだろ、このやろう」


「たりめぇじゃん。これ食らったら解毒できたとしても10日は寝込むっての」


「そう。10日…残り10日だろうが、このやろう。」


「…………あ」


「黄緑を毒に犯せられれば奴らのところに向かわせないようにすることができる」


「…………それが本当の目的の勝負だってか……ちっ、お前案外性格良………」


「あ?」


「何も言ってねぇっての!ふざけんなこのハゲ!」


「はぁあ!?お、俺は今何もしてねぇぞこのやろうぅう!?」





残念だったな、間に合わなくて……その言葉に、黄緑は本物の鬼のような眼で久須郎を捉える。そして事の重大さを理解したかのように、突然ワナワナと震え出し、顔を真っ赤に染めていった。10日……残り10日だというのに。



「ハナから僕を毒させるためだけに……?ふざけやがって……くそ!!くそが!!何余計なマネしてんだよお前ら!!」



普段穏やかな黄緑の口調からは考えられない乱暴な物言い。倒れている久須郎を構わず蹴り続ける。蹴り続けても何も言わない久須郎に、黄緑は息を荒げてやっと足を止める。



「っくそっ…」



更に歪んでいく視界に、黄緑はとうとう膝まづいた。


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